鹿児島県霧島温泉郷にある霧島桜ヶ丘病院は、高齢の認知症患者の治療に「森林療法」を採り入れている。これは患者と職員が天気のいい日の何時間かを、病院の隣にある森の中で過ごすというものである。始めて1年だが、屋内では240歩しか歩かない人が、森の中ではその10倍歩いたなど変化が表れている。お年寄りには山で遊んだり働いたりした記憶があるから、森を歩くのは「回想法」という治療にもなるようである。10ヘクタールの森は古江増裕院長が2001年に買った。授産施設を建てて患者と家族が一緒に住む医療村をつくるのが夢だったが、古江は2007年に心筋梗塞で54歳で病死したのである。事務長の出水氏は非常勤の精神科医、瀧澤氏から森林療法の話を聞き、森ならうちの病院にもあるが、医療に使うなら広葉樹のきれいな森が必要だろう。うちの森は30年生のスギとヒノキ。しかも間伐も枝打ちもしていない荒れた放置林である。出水氏がためらうと瀧澤氏は東京農大准教授の上原氏を連れてきた。日本に森林療法を紹介した人物である。上原氏は「この森で大丈夫」と言うと、旅先に持ち歩いているノコギリでスギを切って見せて、森の手入れの仕方を教えた。森には人を癒やす働きがあるという。日本では1980年代に樹木が出す揮発性物質フィトンチッドの効果が広く紹介され、林野庁も森林浴を提唱している。近年は新しい地域おこしで「森林セラピー」に注目する自治体も多く、森林療法は、さらに積極的に森を医療の場として利用する試みである。上原氏は「森の癒やしに触れるのに、何時間もかけて山奥に出かける必要はない」と言う。日常と一線を画した空間なら、近所の公園の木々の間でもいい。森林療法は患者にだけ効果があるわけではない。霧島桜ヶ丘病院では職員たちも森に入る日を楽しみにするようになったという。