南米最南端であるアルゼンチンのウシュアイア市には、市街地を見下ろす斜面に、移民が住む貧民街が広がっている。この貧民街は、南極ブナの森を切り開いて作られている。小屋の脇には、切り倒された南極ブナの巨木がいくつも転がっている。斜面を下から見上げると、森が貧民街にくりぬかれたように見える。小屋は森に近い高い位置のものほど新しい。それは貴重な森がじわじわと侵食されていることを示している。現在南極ブナは、南米やオーストラリア、ニュージーランドにも分布、南極でも化石が見つかっている。この南極ブナは、南半球にあったといわれるゴンドワナ大陸が分裂する前の植生を色濃く反映する樹種だと考えられている。チリでは1993年に、アメリカ企業が広大な南極ブナの森を買収し、伐採する計画を立ち上げた。しかし、経済情勢の悪化や環境NGOによる反対運動により、最近になって計画は頓挫した。それでも、南極ブナの森に対する開発の圧力は収まっていない。元東邦大学の教授である大森禎子さんによると、ウシュアイア近郊では、大気汚染による南極ブナの立ち枯れ被害も深刻であるという。2000年の調査ではビーグル海峡に面する西向き斜面の被害が目立った。大森さんは「年間を通じて強風が吹き続ける土地柄。北半球から汚染物質が運ばれ、これが強風によって、繰り返し樹木に塗り込められて濃縮した結果ではないか」とみている。これまで辺境にあるため、比較的守られてきたウシュアイアの南極ブナの森にも、開発や汚染による危機が忍び寄っている。