世界遺産の日光東照宮は岸和田の見積や大工が手がけたという説がある。元々岸和田周辺で神社建築が盛んであり、破風が反りや豪華な彫刻という様式や、組ものや釘を使わないという建築方法も同じである。東照宮が現在の姿となった寛永13年の建て替えの際、近江出身の大棟梁・甲良宗広が全国各地から腕利きの職人を集め、わずか1年5ヶ月で完成させた。滋賀と大阪で地理的に近い岸和田の宮大工がいても不思議ではないかもしれない。また、東照宮・東回廊にある彫刻「眠り猫(国宝)」を手がけた名工・左甚五郎が貝塚市の建築技術者一族・岸上家の一族だったという節も、その裏づけに一役かっている。岸上家の一部は、江戸時代に日光東照宮など幕府直営工事を担当した大工棟梁として活躍しており、岸上家に残る文書には、初代は「甚五郎左義信」とされ、その業績は左甚五郎の作と伝えられているものと一致するのである。