北海道富良野市の東大演習林には、私と家内の名札のついたダケカンバが1本ずつ立っている。私たち夫婦が木の「里親」だ。私は、日本経団連で2002年から自然保護協議会の会長を務め、翌03年、協議会のメンバーと演習林を見学に訪れた。広大なこの森の中を車で回ると、目の前を子ジカがぴょんぴょんはね、森がとても生き生きとしている。すっかり気に入った。聞けば森の木の里親を募集しているという。優れた遺伝子を残すためというので、すぐにその話に乗った。演習林の中にはたくさんの種類の木がある。そのなかからダケカンバを選んだのには理由がある。一種の雑木で、そんなにきれいな木ではない。が、厳しい寒さと豪雪のなかを耐え忍んで生き延びる強さを秘めた木だ。北海道出身の私が大いに共感する木だ。毎年雪解けを待って、「里子」に会いに行くのが楽しみだ。富良野の東大演習林では「持続可能な森林経営」を実践している。ポイントは「択伐」で、毎年1~2%成長する分に相当する木を選んで伐り取る。どの木を伐るべきかを見分ける眼力が大事だが、その結果、森はいきいきと活力を増す。台風で倒れる木があっても、後がまの木が待っていて、太陽に向ってまっすぐに伸びていく。まさに「自然治癒力」。森自身が秘めている自然の力があり、その生命力を発揮させるために人間がちょっとだけ力を貸す。それが森づくりで一番大事なことと教えられた。以前、カナダ奥地で目にした材木の伐採現場は、すべての木を切り倒す「皆伐」で、その壮絶な印象と比べると、富良野の「択伐」には共感を覚える。日本経団連の自然保護協会で私が見て回った森は、15カ国に及ぶ。世界中に広まる「森の危機」の原因はさまざまだが、その解決はどれも簡単ではない。富良野の素晴らしい森との出会いをきっかけに、森づくりにあれこれ考えを巡らせるようになった。ダケカンバが自然を見る目を大きく開かせてくれた。 (積水化学工業会長・大久保尚武氏)