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- ID:
- 50570
- >年度
- 2011
- >月日:
- 0527
- >見出し:
- 乾いた夜に咲く花
- >新聞・サイト名:
- ECO JAPAN
- >元URL:
- http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20110509/106468/
- >写真・動画など:
- 【写真】
- >記事内容
- 乾期の中米パナマで、夕暮れ時に咲き始めるバルサの花。その甘い蜜を求めて、さまざまな昆虫や動物が集まる様子をとらえた。
ナショナル ジオグラフィック日本版 2011年5月号
表紙写真/デビッド・デュビレ
太平洋とカリブ海を結ぶ海運の要衝、パナマ運河。その途中の人造湖に浮かぶバロ・コロラド島に、「クラブ・オクロマ」という人気のバーがあると聞いてやってきた。バーがあるという米スミソニアン熱帯研究所の観測台に着いたのは、“ハッピーアワー”が始まる少し前の午後3時45分。30メートルの高さがあ
る仮設のやぐらの上に登り、ほぼ同じ高さの木を眺めている。
美しくも野性的なその木は「オクロマ・ピラミデール(Ochroma
pyramidale)」という学名が付けられているが、「バルサ」と言ったほうがわかりやすいだろう。中南米の多くの国々に分布し、軽い材木としてよく使われている木である。何を隠そう、人気のバーとはこの木のことで、動物や昆虫たちが夜な夜な“来店”する。
目の前の木には、何百という花やつぼみが付いている。綿棒のような形をした茶色いつぼみ。先端からソフトクリームのような渦巻きをのぞかせた半開きの花。みずみずしい5枚の花びらを開きつつある花もある。花粉に覆われた雄しべの周りには、蜜が深さ2センチほどたまっている。動物たちの目当ては、こ
の蜜なのだ。
アライグマの仲間のキンカジュー。頬に付いた花粉は、蜜をがぶ飲みした証拠だ。
©2011 Christian Ziegler / National Geographic ひとつ不思議なのは、なぜバルサが夜間に花を咲かせるかだ。一般に、草木は花粉の運び手を集めやすい時間帯に開花する。日中に咲く植物なら鳥やハチ、チョウ、テントウムシが目当てだし、夜咲く花はガやコオロギ、キリギリス、小型の哺乳類を待つ。
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最初の客はオマキザル >>
周囲の低い木々がわさわさとうごめき、にぎやかな鳴き声が聞こえ始めた。オマキザルだ。ハッピーアワーが始まるころ、誰よりも早くバーに飛び込む客である。最初の一杯をやろうと、25匹ほどが列をなしてやって来た。独り身の大人とせっかちな若者たちに続いて、赤ん坊を抱いた母親が付いてくる。動きを
止めて、こちらに歯をむき出すものもいるが、大半は私など眼中にない様子。咲いた花の端をつかんで顔を突っ込み、吸血鬼さながらの勢いで花の蜜を飲み干す。
サルたちが顔を上げると、その鼻面には点々と花粉が付いている。バルサの側からすれば、それこそが花を咲かせる目的だ。花粉を運ぶ「送粉者」となる動物を蜜で引き寄せ、その顔に花粉を付ける。そうとは知らぬ動物たちは、うまくすればその花粉を、別のバルサが咲かせた花の雌しべまで運んでくれ
る。早い話が、「飲み代はいらないから、代わりに花粉をただで運んでくれ」ということだ。
日が沈むと、昼行性のオマキザルは、ねぐらへ帰っていった。サルに蜜をたっぷり飲まれても、バルサの木は何事もなかったかのように、空になった花を再び蜜で満たし、新たに花を咲かせる。バーがにぎわうのは、これからだ。
翌朝まで夜を徹して、バルサの木は驚くほど多くの“客”を迎え入れる。その顔ぶれも、哺乳類から鳥類、両生類、昆虫と、実にさまざまだ。なかには、ほとんど知られていない動物もいる。アライグマの遠縁の珍獣オリンゴが、スルスルと枝を渡っていく光景を目にすれば、この惑星にはまだまだ知らないことがあ
るのだと実感できるはずだ。
バルサの木は動物を集めるため、ほかの多くの樹木が実を付けなくなる雨期の終わりに、花を咲かせる。だから、ふだんはイチジクや木の実を食べている動物たちも、背に腹は代えられないと、バルサの蜜をむさぼる。果実に比べれば腹持ちは悪いだろうが、それでも貴重なカロリー源だ。この時期、砂漠
のオアシスと化したバルサの木では、森の動物たちが、花蜜が詰まった“酒だる”を飲み干していく。
空き地に育つ“先駆者” >>
「バルサは植生遷移の非常に早い段階で生える木です」と、スミソニアン熱帯研究所の生態学者ジョセフ・ライトは言う。「ほかの木が枯れてできた森の空き地や、放棄された牧草地にいち早く進出します。新天地に真っ先に生える高木は、いつだってバルサなんです」
バルサの成長速度は、ライトに言わせれば「信じられないほど速い」。10~15年で、15~30メートルになる。それほど高くまで成長するにもかかわらず、木の重さは驚くほど軽い。比重は水の5分の1と、世界中の木の中でも最軽量の部類に入る。コルクの比重は水の4分の1だから、バルサはコルクより水に
浮きやすいということだ。
森の空き地に枝を広げ、ほかの木がゆっくり成長できる環境をつくるバルサ。だが、新たな土地を開拓する“先駆者”として生きるのは、決して楽ではない。多くのバルサは30年か40年で寿命を迎えるため、限られた時間の中で子孫を残さなければならないのだ。
だからバルサは、樹齢2年のころから大きくて華麗な花を付け、大量の蜜を分泌して、動物や昆虫を引き寄せる。1本の木がひと晩で出す蜜は、合わせて1リットル以上になるほどだ。糖分と香りの成分が複雑に組み合わさった蜜。その化学組成はいまだ明らかになっていないが、私には、マッシュルーム風味
の甘いシロップのような味に思えた。
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