ID 1414
登録日
2006年 8月 1日
タイトル
森林セラピー 五感で受ける緑の恵み
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新聞名
読売新聞
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元URL.
http://osaka.yomiuri.co.jp/kokorop/kp60801a.htm
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元urltop:
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写真:
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畏れ慎み、癒やされる
目に優しい緑、耳に心地よい木々のざわめき、肌をさわやかになでて吹く風。“森”を五感でとらえながら、寝転んだり体を動かしたりしていると、不安や悩みが薄らいで、気分が落ち着き、元気がわき上がるように感じ
られる。森にはストレスをやわらげたり、血圧や心拍数を安定させたりする効果が実際にあるのだという。こうした“森の恵み”によって心身を癒やす「森林セラピー」が、いま静かなブームとなっている。
木に抱きついて黙想するセラピー参加者(奈良県立矢田自然公園で) 午前7時半に大阪駅を出発、ラッシュに揉(も)まれながらJR環状線と近鉄線、それにタクシーを乗り継ぎ、同9時前、奈良市など3市1町にまたがる
奈良県立矢田自然公園に着いた。
「現地までの行程も重要です」と、森林セラピーを実践する兵庫県立大自然環境科学研究所の上原巌助教授(41)。混雑する都会の電車などを使って、田舎の森にたどり着くことで、日常から「非日常」への環境の変化
が実感でき、癒やし効果がより高まるのだという。
この日、上原助教授が行ったセラピーは、カタログ制作・販売会社「大伸社」(大阪市)が社員の健康増進のために企画。18~51歳の12人が参加した。
一行はまず秋田杉やサワラ、ケヤキ、トチノキなど様々な樹木が茂る森へ。「リラックスできる場所で横になって下さい。眠ってもかまいません」という上原助教授の指示で、思い思いの場所に散り、寝そべった。
やわらかな木漏れ日、小鳥のさえずり。10分もたつと、寝息が漏れ始めた。さらに好みの木を選んで抱きついたり、瞑想(めいそう)したり。午後になると、快い音やにおいを探し求め、五感を研ぎ澄まして森を散策する
。ウグイス、メダカ、トノサマガエル。生き物の気配を感じたり姿を見つけたりするたびに「何か聞こえる」「動いた」などと歓声が上がった。
風や、水のせせらぎといった自然界のリズムや音がもたらす「ゆらぎ」には、副交感神経の働きを促す効果があるという。大自然に囲まれていると、気分がゆったりとし、心拍や血圧が安定するのは、そのためだ。
上原助教授は、森林セラピー参加者に自己評価シートを書いてもらう。それを分析すると、森で過ごすことで不安感が大幅に緩和されたり、不快感が爽快(そうかい)感に変化したりしたと感じる人が多いことが、わかる
という。
この日のセラピー後も、大伸社でパソコンのオペレーターをしている長谷部友見さん(27)は「ストレスがたまりやすい仕事だけど、今日は体を動かすのが楽しかった。ひどかった肩こりも治ったみたい」と言い、企画制
作部の杉原幸久さん(29)は「一人で悩むことが多い性格だけど、今は何だかすっきりした気分」と話していた。
森林セラピーは糖尿病や高血圧などの生活習慣病、心の健康(メンタルヘルス)に関して、効果が確認されている。PTSD(心的外傷後ストレス障害)で精神安定剤も効かなかった子どもが薬なしで眠れるようになった
り、うつ病と診断されたビジネスマンが半年間で職場に復帰できるようになったり、といった事例の報告もある。
これらの“森の恵み”を科学的に検証しようという研究も、このところ盛んになっている。
独立行政法人「森林総合研究所」によると、森林で運動することで、免疫機能の一種であるナチュラルキラー(NK)細胞が活性化し、ストレスホルモンの指標となるコルチゾールが低下する。樹木から出る芳香性物質
のフィトンチッドや、マイナスイオン、緑、音などが、その主な要因とされる。
林野庁や民間企業、医師らは2004年春に「森林セラピー研究会」をつくり、様々な実験を行ってきた。それを受け、同庁などの「森林セラピー実行委員会」が今年春、森林浴に適した「セラピー基地・ロード」として、天
狗高原自然休養林(高知県津野町)、癒しの森(長野県信濃町)など10か所を認定した。いずれの森もストレスホルモンや血圧が都会にいる時より下がることなどが実証されている。
人々は古来、森に霊力や神秘を感じてきた。古代の日本人が森を畏(おそ)れ慎み、神が宿ると考えて祈りの場としたのが、神社や鎮守の森の起こりとされる。その「霊力」や「神」の正体は、森が秘める「癒やし効果」だ
ったのかもしれない。
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