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ID 11161
登録日 2009年 4月 7日
タイトル
映画「バオバブの記憶」、本橋成一監督に聞く
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新聞名
朝日新聞
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元URL.
http://www.asahi.com/showbiz/movie/TKY200904060226.html
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元urltop:
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写真:
  複数の写真が掲載されていました】
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アフリカ・セネガルの小さな村で、巨樹バオバブと「共生」する人々の営みを映した「バオバブの記憶」が公開中だ。本橋成一監督は熟達の写真家だが、ベラルーシで映した「アレクセイと泉」が海外で高く評価 されるなど、悠々と越境する映画監督としても知られる。樹齢千年に及ぶ悠久の“樹の時間”を映すことで、豊かに生きることの意味を問うた。(アサヒ・コム編集部) ■圧倒的な「巨樹の時間」  首都ダカールから車で2時間。トゥーバ・トゥール村にはバオバブが林立している。葉は食用に、樹皮はロープにしたり、屋根の材料にしたり、薬にもなる。巨樹になると、ドラム缶20本もの水を蓄えるともいい、樹皮を かじって渇きをしのぐ動物もいる。木に宿る精霊に病を癒やしてもらうことも日常だ。そうした共生の営みを、12歳の少年モードゥと、その20人を超える大家族の日々の風景から映した。
 「樹の“時間の過ごし方”に圧倒される。お年寄りと向きあうように、謙虚で敬虔な気持ちになる」と話す。
 劇中、イネ科の主食ミールを収穫したり、イスラム教の学校に通ったり、フランス語を勉強したいと先生に相談したりと、モードゥの日常が映される。が、最も生き生きしているのは、友達とバオバブの高みに登って葉や 実を落とし、樹皮をはぐ場面だ。それを大人たちはジュースにしたり、葉をすりつぶしてスープに混ぜる食材にする。村の目抜き通りが、バオバブをよけて通る光景は、村人みなの巨樹への畏敬のあらわれだ。
 どうしても映したかったことがあったという。それは、92歳になるという盲目の祈祷師チェコドン氏の姿だ。彼は樹齢2000年にもなろうかというバオバブに宿る霊に力を得て、体を癒やす。患者は外国からも訪れる。こ の映画の女性プロデューサーも診てもらい、望み通り妊娠した。「樹の時間の流れにじっと身を置くと、奇跡も当たり前のように感じられてくる」  バオバブとの出会いは35年前。テレビ番組の収録で東アフリカにおもむき、象がバオバブを倒し、牙で樹皮をはいでいた。干ばつに苦しんだ象が、バオバブから水を得ようとしたらしい。当時、そうしたバオバブと生き 物の共生を見詰めるまでにはいたらなかった。が、89、90年にパリ・ダカールラリーの取材を機にバオバブと再会した…。
 「セネガルでは、まっすぐな道路が豊かさの象徴として、どんどんできている。一方で、バオバブと会話できる祈祷師がブルドーザーに同乗し、1週間、1カ月待ってくれと樹の意思を聞き取る光景もある。500年、100 0年、そこに生きるものをどけるには、儀式をやらないといけない。それが豊かさというものなのだ」と語る。
 「人間の時間と地球時間の論理のどちらで、物事をはかるのが豊かさなのか。私たちは経済成長の陰で、本当の豊かさをどれだけ切り売りしてしまったか。この村には、物は少ないが、豊かなものがうじゃうじゃある」。
■信頼が支えた風景  一見、牧歌的に見えるセネガルの風景の中に、写真家、映画監督としての蓄積が凝縮している。はるばる日本からやってきて、撮影したら去ってゆく本橋監督を温かく迎えた村の人々は、そのカメラを「日常」のものと して受け入れた。両者の温かな交流が、この映画の魅力になっている。「写真も映画も、かなり暴力的なものだ。嫌なものを撮られても裏切られないという信頼関係を築くことが重要だ」と語る。
 監督は68年の写真集「炭鉱〈ヤマ〉」を振り返る。この写真集は、炭鉱事故で夫を、父を失った遺族らの悲しみ、嘆きや諦め、閉山後も行き場なく暮らす筑豊の人々を映した。「古いもの、汚いもの、悲惨な風景…。人々は 『カメラを持ったヤツに撮られるな』と、逃げ出す。以来、いつも撮る側、撮られる側の関係を自問し続けている」  この写真集の中で、筑豊で炭鉱員として働き、炭鉱労働者の文学運動を組織した記録作家の上野英信氏は、本橋氏の「粘り」への驚きを隠さなかった。
 「見るからにものほしげにカメラをかかえた人種が、まるで屍にたかるけだもののように、くい荒らしまわっているころのことだ。この未知の青年も、やはりそんな連中のひとりにちがいない。どうせ二度とは縁のない人 間だ」  その当初の印象は改められ、本橋氏の写真の数々に「深い感慨に沈むのをどうすることもできない」と脱帽した。本橋氏は「戦争を写す報道写真のような悲劇の写し方も大事だが、そればかりでなく、見る人の想像をか きたててゆくやり方もある」と語る。
 巻末で本橋氏は、筑豊の風景が「いま写しているチェルノブイリ原発の写真と同じに見えてくる」と記した。そのチェルノブイリ取材の延長上に生まれたのが、映画「ナージャの村」「アレクセイと泉」だ。どちらも、原発事 故で汚染されたベラルーシの田舎で暮らし続ける人々を映した。
 「アレクセイ~」では唯一、汚染されていない泉の水を頼りに人々は暮らす。「あの泉は50年、100年たって地下からわき出てくるからだ」と語る。悠々と流れる地球時間の中で、人間は卑小な存在なりに自然と共生して ゆける、そして、その中にこそ豊かさへのヒントがあると、本橋氏は静かに訴えているようだ。
■「軸足、向こうへ」が原点   “越境”への思いを聞いた。
 83年の写真集「上野駅の幕間」の構成を務めた土本典昭監督からは、氏のライフワークとなった水俣シリーズはもちろん、対象に迫るしつこさと、それを支える信頼関係の大切さを学んだ。
 「軸足をどこに置いて、相手とかかわり合うか。その問題意識が原点にある。軸足を相手のところに置いて、かかわり合うことを上野さんから教わった。土門拳の写真集『筑豊のこどもたち』は鋭い切り口で迫り、相手は あまり気分がよくなかったかもしれないなと、後で感じた。僕にはそれができないから、ずるずると軸足を向こう側に移す。そのかかわり方が僕の原点だ」と述べた。
 東京・渋谷のシアター・イメージフォーラム、ポレポレ東中野で公開中。18日から大阪・第七芸術劇場、5月9日から名古屋・シネマスコーレで上映。
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このページの公開日は1999年11月12日。最新更新日はです。

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