ID 10727
登録日 2009年 3月 3日
タイトル
ツバキ、アセビ・・・摩耶山/神戸市
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新聞名
読売新聞
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元URL.
http://osaka.yomiuri.co.jp/flower/fl90303t.htm
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元urltop:
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写真:
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信仰の谷と尾根に早春の息吹き
古くから信仰の山として参詣が続いた六甲山系の摩耶山(698m)。青空の広がった3月の初日、南西から山頂に通じる地蔵谷をさかのぼると、自生のヤブツバキの樹林が続き、つややかな濃い緑の葉の間に散りばめ
られた真紅の花が、早春の陽射しを受けて輝いていた。
新神戸駅からスタート、藤原定家ら数多くの歌人が詠んだ布引の滝を眺めながら進む。布引貯水池を過ぎたあたりからアベマキ、コナラなどの落葉広葉樹林が続き、山に入った雰囲気が出てくる。尾根道としてよく使わ
れる天狗道を右手に見送り、出発から1時間ほどで地蔵谷に入る。摩耶山から流れるこの谷はところどころに小滝をかける。沢沿いに小道が続くが、飛び石伝いに流れを渡ることもあり、変化があって登行をあきさせな
い。出あう人もなく、表六甲の中で深い谷の雰囲気を静かに味わえるところだ。
この谷を彩るのがヤブツバキ。出合の近くに2本の立派な木が立ち、朝の陽光を浴びて迎えてくれる。谷を進むにつれて、花は岩の上や枯葉の上などに落椿となって広がっている。周囲を見上げると、確かに灰白色の
ツバキの木の幹が続いているが、花はほんのところどころにしか見当たらない。2月にも開花したとはいえ、落椿の数からもまだわずかのようだ。花期の長いツバキは韓国では「冬柏(トンベク)」、ヨーロッパでは「冬のバ
ラ」と呼ばれ、南紀などの暖地では年末ごろから咲いている。しかし、ここ六甲ではツバキは、「椿」の国字のとおり3月を迎えてから本格的に咲き始める「春の花木」のようだ。
「花はまだ早いのか」と思いながら出合から1時間ほど谷を進むと、他の沢が合流して明るく開けた標高600mあたりの地点で、見事なツバキの高木が目に飛び込んできた。根元でそれぞれ二抱えもある二つの株に分
かれ、それがさらに5、6の幹に分岐して春の青空に枝を伸ばしている。
日当たりのいいところから咲くのか、花は高い枝先に目立つが、小さくても鮮やかに浮かび上がって見える。京都の名庭の色合い豊かな園芸種もいいが、自然の中で育ったヤブツバキの真紅の花は、飾り気のないすっき
りした美しさがある。
谷沿いの道は、間もなく尾根に上がって天狗道に合流する。ここからはハイカーや観光客でにぎやかになるが、メインルートから離れた目立たない場所に「三等三角点」と書かれた摩耶山頂がある。「山に住む天狗が行
者に封じ込められた」とされる天狗岩や天狗講の社があり、7世紀に開かれたと伝えられる摩耶山天上寺と溶け合う形で、修験道場となっていたことがうかがえる。天狗道や地蔵谷周辺も参詣や修行の場となり、江戸時代
から開発が進んだ表六甲でも、ツバキをはじめ自然の樹林が保たれてきたのだろう。
山頂の北に再建された摩耶山天上寺に参拝したあと、下りは南南東に最も古い参詣道といわれる上野道をとることにした。ワインレッドがほんのりかかった白いアセビの花を見ながら山頂から少し下りると、1976年に
炎上した天上寺の旧境内が史跡公園となっている。基壇のわきに植えられたモクレンは少しずつ芽を膨らませていた。
さらに急な階段を下ると、西側に入った旧塔頭の跡に、びっくりするほど大きなスギの木があった。案内板によると、幹周り8mで樹齢千年とされ「大杉大名神」と敬われてきたが、天上寺炎上の影響で枯れ死したという
。確かに新しい芽や葉は出ていないが、幹はしっかりしていて腐食しているようには見えず、今も生気を感じさせる。ここで一緒になった地元の登山者は「勤め先の尼崎の浜手からも見えます。六甲山系の主のような存在
感のある木ですね」と話していた。
南面の尾根を下る上野道も、アカガシやスダジイなどの常緑高木とともにヤブツバキの木が多い。地蔵谷のような高木はないが、海からの陽射しを受けて開花はもっと進んでいる。
珍しくはない花なのだが、このヤブツバキの真紅の花を見ると、なぜか心が揺り動かされる。冬と春をつなぐ花のためなのか、東アジアから東南アジアに広がる照葉樹林帯を代表する花として、古代から太古にさかのぼ
る森への記憶が呼び起こされるからなのか。目前に広がる神戸の海を見下ろしながら、早春の木々から新たな息吹きを分けてもらったような気がして街に下りた。
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