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- ID:
- 43788
- 年:
- 2019
- 月日:
- 0125
- 見出し:
- 今こそ“住生活”産業を 実体化
- 新聞名:
- Housing Tribune Online
- 元URL:
- https://htonline.sohjusha.co.jp/570-010/
- 写真:
- 【写真】
- 記事
- ハウジングトリビューン編集部 今こそ〝住生活〟産業を実体化する必要がある新しい価値、新たな生き方に対応した産業の構築を東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻特任教授 松村 秀一氏プレカットが普及しハウスメーカーと工務店の差がなくなった平成の大きな出来事としては、まずプレカットの普及があげられます。昭和から平成へと変わる頃、ちょうどバブルの頃から始まりました。それにより在来木造住宅の世界が大きく変わり、いわゆる工業化の観点から物事を捉えるようになりました。例えば、集成材が採用されるようになり、木材の乾燥も含めて品質に対する考え方がプレカットを通して変わってきたのです。モノづくりという視点から、大手ハウスメーカーがつくる工業化された住宅と、各地域で工務店がつくってきた在来木造と呼ばれていた住宅との違いがなくなったことが平成の大きな特徴の一つだと思います
この流れはパワービルダーの出現、伸長につながります。住宅産業は工業化というハードオリエンテッドで起こってきましたが、むしろハードではなく分譲地を開発するノウハウを持つ人たちが台頭してきました。プレカットをきっかけに動き始めたハードウエアの世界で、木造をつくるというノウハウがなくてもプレカット材を使うことで品質の高い木造住宅を誰でもが扱えるようになってきたのです
阪神・淡路大震災の教訓が〝耐震〟を一般化させたこの経験から建築基準法が改正され木造関係の規制が厳しくなりました。旧耐震基準で建てられた建物の耐震改修を進めなければならないということがはっきりし、耐震改修促進法ができました。お金がかかることですから耐震改修があっという間に進んだということはありません。ただ、大きな地震が続くなかマスコミの多くの報道もあり、住宅の耐震性が重要なこと、耐震改修ができるということなどが一般の人々の知識として、また、日常的な感覚として根づいてきた気がします。どうやら新耐震基準、既存不適格、耐震診断といったものがあるらしいぞと、わかってきた。おそらく平成に入る前はあまり意識されていなかったのではないでしょうか
阪神・淡路大震災と東日本大震災も大きな出来事でした。住宅・建築の視点からみると、特に阪神・淡路大震災の影響が大きかった。東日本大震災は津波の被害がメインであり、地震による建物の被害がよく分かりません。壊れた住宅も壊れなかった住宅もみんな流されてしまいましたから。一方、阪神・淡路大震災は、住宅・建築物に大きな被害があり、一帯が焼け野原になったところもあります
平成の終わりは本格高齢時代への端境期以前は、賃貸から始まりいずれは庭付き一戸建てという「住宅すごろく」の秩序がありました。しかし、人生100年時代を迎え、経済成長が比較的安定し、人口減少まで起こり始めるなか、大きな変化が出てきています。例えば、庭付き一戸建て住宅に住んでいた人が、高齢になり不便だからと駅近くのマンションに引っ越すといった例が出てきています。また、持ち家や新築にこだわらない人も増えてきました。昭和の時代には想像もできなかったことです
家族の形態や規模が多様化し、ライフステージのあり方、働き方も含めた人生のあり方が大きく変わってきた。住宅市場全体を捉えれば、戸建てもあるし、集合住宅もある、都市のタワーマンションもあれば田舎の茅葺の空き家もある、持家もあれば賃貸もある、色々な選択肢のなかで、これまで想定されていた図式では捉えきれなくなってきています
第一次取得者層は従来のマスを相手とするモデルに近い層だと思います。新築市場はそこに絞られて非常に小さくなってきている。団塊ジュニア層がストライクゾーンからはずれ、人口分布の一番厚いところは新築市場のファーストバイヤー層からずれています。これが平成の時代に起こったことです
一方、団塊の世代が70歳を超え、大規模なリノベーションなどを行うことが厳しくなっています。平成の間に住宅市場のボリュームゾーンから完全に抜け、今求められているのは高齢者向けのサービスと居住の場をあわせたものとなっています
これまでサービス付き高齢者向け住宅や地域包括ケアの概念などが出てきて、老老介護をどうするのかといった問題提起がなされ、対応策が出てきました
こうした動きは、いわば助走のようなもので、これからいよいよ本格的な高齢者の新しい生き方の像、それにふさわしい住環境のあり方、地域のあり方などが大きなテーマになってきます。今は、その端境期にあるといっていいでしょう
阪神・淡路大震災は住宅の耐震性をクローズアップ、後の耐震改修促進法など耐震強化の動きにつながっていった生活価値が重視 既存システム脱却をDIYが大きく注目されたことも平成の間に起こってきたことです。DIY人口が増え、休日にお父さんが自作で棚を作るという以前の日曜大工と言ったイメージではなくなり、むしろ女性が増えています。自分でやることの楽しさ、豊かさのようなものを人々が発見し始めたということであり、おそらく次の時代に展開していくであろう動きだと思います
住宅産業は昭和から平成のどこかで完成され、ルールやシステムがきっちり出来上がってしまった。作り手が完全に作り込み、販売のシステムもでき、そこにはまる消費者像があり、それぞれの役割が決まっている。しかし、きっちりとしたものができる反面、それ以上のものではなく、何か満たされない。当時はそれでよかったのでしょうが、時代が変わるなかで、それに満足しない欲求が出てきていると思います
今、ボルダリングが流行っていますが、野球やサッカーなどある程度システム化されたスポーツではなく、私は何かDIYに近いものを感じます。細かなルールを知っていなければだめだとか、作戦を知らなければだめだとかということもなく、登っていけばいい。DIYも案外素朴で、初めはそれほど知識などなくてもよく、やってみると確実に成果が出て自分の生活に彩りを与えてくれる。非常に付加価値の高い、生活価値の高い分野だと思います
こうした価値を求める動きが中古マンション市場が新築マンション市場を上回ったことにも表れているのではないでしょうか。新築マンションの方がきちっとシステム化されて売られていますが、中古マンションの方が立地を選ぶ時に自由度が高く、見た目は古くても内側はリノベーションすることで面白いものになる。価格の安さもあるでしょうが、新たな価値を見出している人が多いということだと思います。もはや新築で用意したシステムから離れることに価値があるような感じさえします
これまで作り上げてきた新築のシステムとは違う対応を考えていく必要があります。ただ、システムが完成してしまっているがために、そこから抜け出しにくくなっています。生活者が求める価値、求める生き方についてもう一度考え直し、まったく新しい組み立てのなかに住まいを落とし込んでいく、そうした視点から考え直す必要があると思います
昭和の住宅業界は、持家が欲しい、庭がほしい、書斎がほしいと自分たちが欲しいものを考えれば当たりましたが、今、住宅需要者の世代が変わりました。意思決定する方々と実際の市場でアクティブな動きをしている方々との間にギャップを感じます。例えば、リノベーションで注目を集める方々は皆さん若く、今まで考えもしなかった非常に面白い取り組みをされています
一方で、ストックマーケットで生活や生き方全体を問われているのだとすれば、今の住宅産業の得意分野なのかということはわかりません。これまで作り上げてきた住宅のデザイン、ハードウエア、工事などでは蓄積もあります。しかし、それが一番大事なことではないと言われてしまうと、対応する能力を持っていない可能性があります。もしそうなら簡単には移行できません。むしろ他産業からいくらでもアプローチできる分野になる可能性もあります
しかし、住宅営業の最前線にいる人たちは、生活者と日夜接触し要望を聞いています。そうしたなかで今何が起きているのか多くの人が分かっている。生活者はこんなものを欲しがっている、こんなものを身につけている、また、家族の形態がこんなに変わっている、そんな知識や情報を多く持っているのです。問題は、それを上手く活かせていないこと。直接的に商品の形にフィードバックされるものでなければ意味がないというビジネスのスタイルになっているのです。こうした眠っている知識や情報をどのように使っていくか、知識化していくことが課題だと思います
人間関係をつくらなければいけない時代に今、地域性がどんどんなくなっています。住宅の地域性を分析する一つの方法に和室の続き間の調査がありますが、平成の間に和室そのものがどんどん減ってきました。冠婚葬祭なども含めた伝統的な暮らし方が希薄になってきているということです。北海道から沖縄まで、どこでもリビングルームと呼ばれるようになっています
地域による差という視点では人間同士の関係、まちのあり方などの方が大きくなってくる可能性があります
これからは人間同士の関係性をつくらなくても良かった時代から、関係をつくらなければ過ごしていけない時代になるのではないでしょうか。会社勤めをしている時は近所で付き合う必要もないし、会社社会で暮らしていればいい。しかし、高齢となり定年を迎えると所属は地域でしかありません。また、外国の方が増えてくれば、どのような関係作りが必要かなど、現代的な必要に迫られたコミュニティをどうやって作っていくかということが重要になってくると思います。カフェや居酒屋など、地域のなかで何となく集まれる場所に価値が求められ、その再編が進むのではないでしょうか
例えば、地域のカフェが整ってくれば家はそれほど広くなくてもいい、そんなニーズが出てきてもおかしくありません
住宅のあり方も、小さくてよい、むしろ大勢で暮らすから大きい方がいい、家族でない人たちとグループで住むなど、色々な形態が出てきます。こうした動きに一つひとつ応えていくことは、これまでの住宅産業の形では非常に難しいと思います。産業の構造をいちから見直す必要があるのかもしれません
平成の途中、住生活基本法ができました。しかし、住宅産業が住生活産業になったわけではなく、住宅に付随した暮らしや生活に主眼が置かれているわけではありません
平成からバトンタッチされる新しい時代は「住生活産業」という言葉を実体化させる必要があります。新築や中古などに関係なく、住生活全体が自分たちの対象なのだと改めて捉えることで、再編の方向がわかりやすくなると思います
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