v10.0
- ID:
- 34569
- 年:
- 2016
- 月日:
- 0106
- 見出し:
- 「樹教」にふれて
- 新聞名:
- 毎日新聞
- 元URL:
- http://mainichi.jp/articles/20160106/ddn/012/100/040000c
- 写真:
- なし
- 記事
- 戦後70年を振り返ると、その大半は見たいものを見、聞きたいものを聞き、考えたほうがいいことは考えてきた気がする。そうして得た満足感や幸福感も多々あった。しかし近年は、見たくもないものを見、聞きたくないものを聞き、考えたくもないことを考えることが多くなった。その一つ一つを挙げていたら、この欄は何の欄かとなりそうなので、この話はこのへんにする
ともあれ殺人、テロ、災害……と内外情勢には気もふさぐ。それでも顔をあげて生きていこうと思うとき、ぼくを支えてくれるのは自然、なかんずくケヤキだ。「樹教」にふれる思いで公園の、あるいは街路樹のケヤキを四季折々に見上げながら日を重ね、気がつけば新年を迎えていた
藤沢周平氏は短編「静かな木」で「すべての飾りをはらい捨てた姿で立っている」姿にこそケヤキの真実があると書き、「老年の感想」と断っているが、朝夕の散歩時、ぼくにもそれに似た思いで冬空に伸び上がる裸木を見上げていることがよくある
といった感慨もあって、昨年の締めくくりの12月月間大賞には掲出の句を選んだ
大賞には惜しくも及ばなかったものの、恐妻川柳で掲載率の高い大阪・門真市の和泉雄幸さんや、昨年後半、常日ごろのちょっとした気づきなどを詠んだ句でしばしば紙面を飾ってくれた徳島市の足立生子さんらの健闘も併せてたたえておきたい
今年もよろしくお願い申しあげます
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