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- ID:
- 42837
- 年:
- 2018
- 月日:
- 1008
- 見出し:
- 自然に還れるとは限らない「樹木葬」
- 新聞名:
- J-CASTニュース
- 元URL:
- https://www.j-cast.com/bookwatch/2018/10/08008046.html
- 写真:
- なし
- 記事
- 少子高齢化などによる社会構造の変化で近年、墓をめぐっては家族墓から個人墓への志向のシフトが強まっている。そのなかで注目を集めているのが「樹木葬」だろう。自然回帰をキーワードに始められたものだが、普及の過程で定義があやふやになり、ニーズが満たされていないのが実情という
本書『こんな樹木葬で眠りたい』(旬報社)は、樹木葬先進地ドイツについても研究している著者が、同国との比較を交え日本の樹木葬の現状をリポートし、これからの時代にあるべき姿を提言したもの。お墓について何らかの計画がある人にとってはとくに必読ともいえる一冊
最初に行われたのは1999年、岩手・一関 日本で最初に樹木葬が行われたのは1999年のこと。岩手県一関市の寺が、近くの里山に造成した樹木葬墓地がその場所だ。当時の住職が地域の環境保全や自然再生に取り組んでおり同墓地を設けたのもその一環という
墓域に指定されたエリアに掘られた穴のなかに遺骨を直接流し込み、土を埋め戻した後のその上に苗木を植樹するもの。人工物の設置は禁じられ、埋葬場所には故人の名前が記された木の札が立てられる。契約者は埋葬場所から半径1メートルの範囲を33年間にわたり利用する権利を持つ
当時は樹木葬という言葉や考え方は知られておらず、墓地開発の許認可を管轄していた岩手県では全国初の試みという認識はなかったという
最初のこだわりがいつのまにか脱落 この一関のケースが基本となって、その後、樹木葬は全国に広まっていくのだが、そのスタイルだけが一人歩きしていく格好となり、環境保全や自然再生に対する同寺のこだわりはそのまま一緒に伝わっていくことはなかった
たとえば、一関市のこの里山の墓地では、土地にもともと生えていて成長後もあまり大きくならない木をいくつか指定して、それらの苗木を埋葬場所に植樹し、隣り合う場所でお互いに邪魔し合わないよう考えられているようなことが、見習う対象になっていなかったりする
後発の樹木葬墓地のなかには、契約者が好きな木の種類を自由に選べるシステムを採用しているところもあるが、著者は「将来的な木の成長を考えると、管理が難しかったり、そもそもその土地では生えられなかったりといった問題が後から出てきたところも少なくない」と批判的だ
著者は、東京大学農学部で森林環境科学を学んだのち、同大大学院に進み農学生命科学研究科森林科学専攻修了。独カッセル大学で経済社会学博士課程を修める一方、その先進地である同国で樹木葬を学んだ。その後、生まれ故郷の北海道に戻り、現在、北海道大学観光学高等研究センター准教授。専門は風景計画
里山生まれなのに...今は都市型8割 著者は、樹木葬が普及し始めた2012年に、学生らと調査を行い全国にある樹木葬墓地を形態別に整理した。「樹木葬」という名前で墓地販売を行っている場所を、インターネットを通じて集め分類。「里山型」「樹林型」「ガーデニング型」「シンボルツリー型」の4種類に分けてみた
「里山型」は、一関市の寺のように山林を墓地に用いたもの。「樹林型」は山林ではなかった場所に苗木植樹を通して将来的に樹林を形成していくものを指す。「ガーデニング型」は、墓石を横長の西洋型にしたうえ周囲を芝生や花壇にして「樹木葬」をうたうものから、墓石をなくし植え込みや花壇に替え多様なガーデニング様式に対応したタイプなど。「シンボルツリー型」は、一定の敷地面積を共同墓として、そこに1本または数本のシンボルツリーを備えたものだ
「樹木葬墓地」をタイプ別に分類すると、これら4つに分けられたものだが、その割合はというと、ガーデニング型やシンボルツリー型といった、いわば都市型のものが8割以上を占める現状があきらかになった。つまりは、自然葬として自然環境重視の墓地として始まった樹木葬墓地だが、その波が都会に及んだところでの実態は、従来タイプの墓地とあまり変わらず、違うところは墓石にこだわりがなくなった程度のものだったのだ
生涯独身、墓じまいの受け皿として 一定のブームになっている樹木葬だが、よくよく観察すると、実は「なんちゃって樹木葬」だったわけだが、それは、社会構造の変化が生んだ、墓に対する新たなニーズにぴたりと合ったから広まったものだろう。近年は、生涯独身を通す人が増え一代限りの永眠の場所の需要が高まり、少子化の影響で墓じまいを急ぐ人も多い。自然に本当に還るかどうかはともかく、死後に墓守の心配をだれにもさせずに済む仕組みがウケたものだ
明治以降になって、先祖代々承継されてきた「家」ごとの墓は、男性中心の家制度に基づいており、女性は嫁いだ先の代々の墓に入るのが普通だった。現代では、そのルールのようなものに抵抗が強まり、また、さまざまな事情によって自分たちでお墓を用意しなければならない女性たちも増え、そうした女性らが中心になって、会員制のお墓を自分たちでつくるという共同墓も生まれはじめ、その場所が「樹木葬墓地」になっているという
とりあえずは成長をしている日本の樹木葬だが、統一的な形態を持っておらず、墓地によって異なる埋葬や管理が行われているため、選ぶ人にとってわかりづらいほか、さまざまなトラブルが表面化していることを本書は指摘する
「自然葬」について誤解されたことによる近隣住民との対立はその一つ。土に還った遺骨が地下水にしみ込んで飲料水や農作物に影響があるのではと心配する人もおり、直接の影響や風評被害への懸念が出されることがあるという。火葬後の遺骨から溶け出す有害な成分はなく、土壌汚染は過剰反応と著者。こうした心配、懸念が表明されるのも、樹木葬が環境保全、自然回帰に寄与することを兼ねていることが理解されていないためだ
少子高齢化など社会構造の変化に応じて、労働力不足を補うためのAI(人工知能)開発や、その社会への組み込みが試みられているが、葬送についても時代に合わせた取り組みが考えられるべきではなかろうか
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