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ID :  1983
公開日 :  2006年  11月 4日
タイトル
[御塩殿(みしおどの)の天地根元造(てんちこんげんづくり)(日本)
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鈴木博之(建築史家)
新聞名
朝日新聞
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元URL.
http://www.be.asahi.com/be_s/20061105/20061024TBUK0164A.html
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元urltop:
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写真:
 
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伊勢神宮に供える塩を作るための施設が、神社となって伝えられたのが御塩殿(みしおどの)神社だという。じっさい、ここに立ち並ぶ建物のひとつは、内部に塩釜をもっている。五十鈴川右岸にある御塩浜 から海水をくみ、最後に堅塩(かたしお)に精製するのである。二見浦からほど近い海辺の立地も、なるほどと納得される。  しかもこれらの建物の異様さはどうだ。神社の境内は自然の木立が残り、穏やかな風情を漂わせている。そのなかに建つ御塩汲入所(くみいれしょ)や御塩焼所(やきしょ)の、切り妻の屋根を地面に伏せたような単純な かたちが、驚くような存在感を持って迫ってくる。  人間が最初に建物を造るとしたら、このような単純明快なかたちになるのではないかと思いたくなる、そんな迫力である。しかもここには近代的な造形感覚に通ずる、無駄のない洗練された構成すら感じられる。ここ はわたくしが一番好きな場所のひとつだ。  江戸時代の棟梁(とうりょう)たちはこの御塩殿のようなかたちの建物が、建築のはじまりだと考えていたらしい。そうした伝承を踏まえて、『稿本日本帝国美術略史』(1901年刊)の「建築之部」という、日本ではじめての 建築の通史をまとめた伊東忠太は、その冒頭に切り妻の屋根を地面に伏せたかたちの建物の絵を掲げて、これを「天地根元造(てんちこんげんづくり)」と呼んで紹介している。御塩殿を見ていると、これこそいまに生き る「天地根元造」ではないかと思われてくるのである。  けれども現在では、原始的住居の復元が行われる場合、竪穴式住居と呼ばれる入り母屋型の屋根を地面に伏せたようなかたちの建物が復元的につくられることが多い。この形式の住居は、戦後、関野克博士が、古代の 砂鉄の製鉄を行う「高殿(たたら)」という建物の構造を参考にして提唱したものである。そこには発掘にもとづく柱の痕跡についての考証が組み合わされていて、説得力をもっていた。  「天地根元造」という形式は原始住居としては否定されてしまっている。これは後から考えられた、洗練され過ぎた造形だとみなされたのである。  けれども考えてみると、一方は古代の製鉄施設の形式、もう一方は神社にかかわる古代の製塩施設の形式であるのだから、微妙な関係がある。両方とも古代の産業施設、生産施設なのだから、それらのなかに、技術と ともに伝えられた建物の形式が見られても不思議ではない。  御塩殿には、迫力だけでなく、いまもなお建築の原型を考えさせるちからがこもっている。