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ID :  15718
公開日 :  2010年 4月 9日
タイトル
[船大工が作る木製自転車こ
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新聞名
朝日新聞
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元URL.
http://www.asahi.com/shopping/iinekore/hito/TKY201004090144.html
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元urltop:
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写真:
  複数の写真が掲載されていました】
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駅前広場に立つと木の香りが漂う、東京都江東区の新木場駅前。近くに作業場を持つ佐野末四郎さん(51)は江戸時代の和船造りから始まる造船所の8代目の三男。14歳で最初の自分の船を造り、その後18 歳で完成させた外洋木造船は米国の専門誌で「SANO MAGIC」と称賛された。世界最高レベルのオランダの王立造船所へヨット造りの武者修行に出かけ、帰国後は木造船作りのかたわら、後継者を育てる教室も開催。
そして今、新たに挑戦した木製自転車が、国内外を驚かす。佐野さんの大切なものとは。
――用意して頂いたものは?  2007年に作った木製自転車の1号車です。初め、日本では相手にされませんでした。去年、使っている部品メーカーから自転車の盛んなヨーロッパで最大級の展示会ユーロバイク(ドイツ)で紹介したいといわれ展示 したら、「木で作れるのか。すごい」という話になった。おかげさまで注文も3台ありました。日本の自転車専門誌も取材に来ました。 ――07年に自転車作りを始めました?  何回も試作しました。でもこの1号車は完成品じゃなくて、2号車から完成品です。きっかけは、船造りで磨いた技術を自転車で形にすれば、多くの方の目に触れることが出来るし、木で最先端のカーボンファイバーをし のぐ軽くて速い自転車が作れるのではないかと思って。結果、ヨーロッパで認めてもらえた事は本当にうれしいことでした。 ――重量は? 木の種類は決まっていますか。
 1号車は9キロあまり。最新では7.2キロです。木はマホガニー。他の木だと狂っちゃう。特に雨が降った後はダメ。水を吸って車輪がゆがんでしまう。 ――1台を作るのにかかる期間は?  3か月です。年3台しか作れません。 ――佐野さんの自転車の特徴は?  僕は軟らかいフレームのほうが速いと思っているけど、ロードバイクのことを知らないのになにを言っているのだといわれました。最近のロードバイクはいかに人間の力を無駄なく伝えるかというために高剛性な設計 になっています。木ではカーボンのようなカチンカチンのものはつくれない。でも跳び箱は、踏み板をけってその反発で跳ぶでしょ。道具に力を与え、それ以上の反発を返してもらえればいいわけです。そうでなければ 、木の自転車はつくれない。木がアシストしてくれる、柔らく速い自転車をつくろうと。実際やってみたら速いです。1号車を作ってみると、思った通り、上り坂で全然違う。平地でも速くできたのが2号車です。フレームの中を 空洞にして軽くした3号車から6号車が一応の完成型。フレームがもう少し軟らかいのがレース対応の7号車です。
「木で最先端のカーボンファイバー製をしのぎたい」と佐野さん ――元々船造りがご専門ですね?  02年に木製ランチボートをドイツの展示会に出した時、みんな驚いたのです。カーボンファイバーより軽いじゃないかって。その後、自転車でもできないかと。 ――船と自転車の作り方の違いは?  基本は同じです。ただ、自転車は船の技術をものすごく凝縮して精度をあげたものです。船なら曲率が大きいため板の厚さが3mmでも曲がりますが、自転車では、曲率が小さいので0.8ミリまで薄くしなければ曲がりま せん。木を曲げて(ハンドルと前輪をつなぐ部品の)フロントフォークを作ったのは私だけではないか?と言われています。 ――オランダでは大型ヨットの内装製作に携わりましたよね。職人として共通する部分はありますか。
 私がいたオランダの造船所は、でかいヨットを作っていました。それぞれが分担するようになっています。図面通りつくるので個性が出ないけど、若者が裏に名前彫るんですよ。これはオレが作ったって。「でも、へまし たら分かるぞ」というと「そう、でも大丈夫」とうれしそうにいう。誇りがある。でも今の日本の人たちと話していると採算が合うか、合わないかしかない。職人はものをつくるものです。祖父が昔言っていましたが、船大工は 船をつくればいい、金勘定はあとの話だと。すごく大切なことです。昔は金が基準ではなかった。「そんなものを作ったら家の恥になる」と誇りを持っていたから苦しくても続いたのです。だからどんな苦労も耐えられた。
私が木の自転車を作り、200万円で売れたって採算はとれません。年間3台しか作れないのだから。だけど、日本人が作ったことが大事なのです。日本人の誇りをもたなくては。 ――船造りの教室を何度か開かれました。成果はどうですか?  何人かは、ある程度基本技術を身につけたから、私がいなくなっても、彼らが集まれば、この船の構造は分かり、それなりには作れるでしょう。本当はきちんとした後継者を残さなければいけないのだが。   磨き上げた木造船造りの技で挑んだ自転車製作、佐野末四郎さんの技術は国内外で、高い評価をえた。「船大工・佐野末四郎さんの大切なもの」後編。 ――ヨーロッパと日本で道具の違いはありますか?  オランダにいた時、仲間はスウェーデン鋼を使ったドイツ製の刃物を自慢していた。私は、祖父の刃物は大事だから持って行かなかった。それでも別に持っていった刃物で、新聞を立てて、すすすと切れる。それを見 て、気持ち悪いほど切れるな、と言われました。 ――それは、日本の職人が作ったものですね?  そう。今、カンナの刃で7万円、8万円のものがあるけど、そんなものではなくても優秀な刃物を作っていた人がいます。でもみんな、生活に困ってやめてしまいます。 ――日本の名もない職人が作った道具のレベルが高かった?  ゾーリンゲンやスウェーデン鋼を使ったけど、思ったほど切れない。私は自転車はここ数年で始めただけじゃないですか。この様な技術で、世界がなんでこんなに驚くのと。ユーロバイクの会場で、ドイツの木製自転 車をつくっているという会社の連中が私の自転車を見にきて、「中、カーボンだろ。(重量が)10キロ切れるわけない」と。やっと分かってもらうと「従業員をお宅で働かせてくれないか」と言われたけどお断りしました。「給 料が払えないのです。生活が苦しくて」 佐野 末四郎(さの すえしろう) 1958年、江戸時代から続く造船所に生まれる。その技を受け継ぐ船大工で、オランダでヨットの内装も学ぶ。近年挑んだ木製自転車で、国内外で高い評価を受けている。 ――佐野さんにとって一番大切なことは、なんですか?  技術屋として誇りを忘れないことです。偉そうなこと言ってるけど、本当は自転車屋じゃないのです。船大工です。自転車で得た技術をいつの日か超軽量の木造艇の建造にいかしたい。その一方、私がよいものを残そ うとするのは、私の代で200年続いた造船所の木造技術が消えるからなのです。