ID :
8168
公開日 :
2008年 11月18日
タイトル
[匠からのメッセージ
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新聞名
Tech On!
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元URL.
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20081117/161339/
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元urltop:
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写真:
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「医者と違って,俺たちは失敗できるんだ」。こうおっしゃるのは,小川三夫さん。ご存じの方も多いかもしれませんが,小川さんは平成を代表する宮大工。法隆寺の修繕を手掛けた伝説の宮大工,西岡常一さ
んのただ一人の内弟子で,薬師寺の金堂や法輪寺の三重塔などの再建を手掛けました。約30年前に「食える宮大工をつくる」と立ち上げた宮大工集団「鵤(いかるが)工舎」を,今では息子さんに譲り,新たに設立した設
計事務所「鵤工房」で寺社建築の設計などに従事されています。そんな小川さんにお会いしたのは,今月の初めのことでした。
鵤工舎は,JR東北本線の片岡駅からクルマで10数分走ったところにあります。上述した通り,小川さんは現在鵤工房の代表を務めていますが,仕事の大半は近くにある鵤工舎の方でされています。実は,小川さんが寝泊
まりするのも,ここ鵤工舎。息子さんをはじめ,10数人のお弟子さんと生活を共にしているのです。この辺りのことについてはいろいろなメディアが取り挙げていますので,ここでは省略し,小川さんのものづくりに対する
考え方をご紹介しましょう。
小川さんがものづくりにおいて最も大切にしていること,それは「嘘(うそ)や偽り,ごまかしのないものを作る」ということ。当たり前のように聞こえるかもしれませんが,例えば最近相次いだ食の安全・安心を脅かす偽装事
件を思い出してみれば,それが決して当たり前でないことはお分かりいただけると思います。ひょっとすると,嘘や偽りといわないまでも,犯罪にならないレベルのごまかしは業界を問わず案外あるのかもしれません。そう
したごまかしも一切許さないのは,小川さんの中に「見られる(検証される)」という意識が働いているからのように思えます。
小川さんが手掛けている寺社建築と,私が普段取材でお邪魔するようなメーカーさんの製品には決定的な違いがあります。それは使用年数。寺社建築は100年,200年は当たり前で,法隆寺のような建築物になれば100
0年というレベルで考えます。これだけの長きにわたって持たせるには,修繕という作業が欠かせません。その際には必ず,解体修理にかかわる後世の技術者(工人)が昔の技術をくまなく見る(検証する)ことになります。
「平成の大工はこんな考え方をしたのか」と。この後世の工人との会話は真剣勝負。嘘や偽り,ごまかしは一切通用しません。何より,技術者としてのプライドがそれを許しません。
見られるという意識から,技術者としてのプライドが働く。逆に,見られない,あるいは隠せるとなれば,技術者としてのプライドを投げ捨て,例えば目の前の利益のために嘘や偽り,ごまかしを働いてしまう。小川さんは
,技術者の拠り所とすべきは技術や技能ではなく精神であると考えます。自分の技術や技能を拠り所とすると,それ以上のことをしなくなる。つまり,何か課題にぶつかったときに,自分の技術や技能の範囲を逸脱してい
ると「不可能」と考えてしまう。そこに,嘘や偽り,ごまかしが入る「すき」が生まれてくる。だからこそ技術者は,現状に満足せず常に自分を磨く「精神」を拠り所にすべきというのです。
強い精神を形成するには何より,精一杯やることが重要。そこでお弟子さんにはまず,道具を徹底して研がせます。道具がきれいになると,きれいなものを作りたくなる。すると,自然と精一杯やるようになるというわけ
です。それと,お弟子さんをあえて未熟なうちに独り立ちさせます。一人前になると守りに入るので,その前に,というわけです。けれど,そのお弟子さんはまだ未熟ですから,失敗は付き物。そのときに,冒頭のような言
葉をかけるのです。
「失敗できるんだ」と言われる方は非常に心強い半面,それを言う方は相当な我慢が必要になります。「仕事を人に頼むなら,自分で思っている○%で良しとしろ。その代わり,親方は,人の●%の仕事ができなければな
らない」と,小川さん。特に上司という立場にある方,これを自分の言葉にすると,○と●にはどんな数字を入れますか。オリジナルの言葉は,○が50,●が200でした。こんな小川さんをはじめとする現代の匠(たくみ)た
ちの金言を紹介した特集「匠からのメッセージ」が,『日経ものづくり』2008年12月号(2008年12月1日発売)に掲載されます。是非,お手に取ってご覧ください。