ID 1449
登録日
2006年 8月 6日
タイトル
橡の木さま
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新聞名
読売新聞
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元URL.
http://hokkaido.yomiuri.co.jp/tanken/tanken_t020223.htm
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元urltop:
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写真:
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道南地方には数多くの物語が残る。多くは和人とアイヌ民族との抗争や、漁民や農民たちの苦労話だ。函館市石倉町にある白木神社の神木「橡(とち)の木さま」の悲恋物語は代表的な1つだろう。
縁結びの神木「橡の木さま」
「橡の木さま」は、樹齢800年余のトチノキ。高さ13メートル、幹回り5・5メートル。2本の幹が、高さ2・5メートルのところで1つにつながり、身をよじらせるように天を突いている。苦もんの姿にも見える。
アイヌの娘と和人の若者の悲恋話にまつわるトチノキが、今でも「縁結びの神様」として信仰を集めている。
「北方文明史話」(中島峻蔵著)に出てくるこの物語は、数100年前、最初に銭亀沢に和人の一家が移住するところから始まる。
入植した一家は、2本のトチノキがある川辺に住みついた。1人息子の幸造は、毎日仕事が終わると、木の下で笛を吹いた。近くに住むアイヌの娘がその哀調の音に聞きほれ、やがて2人は木の下で出会い、愛が芽生え
る。だが、ふたりの交際を知った家族や集落(コタン)の人々は、強引に2人を引き離した。そしてある晩。絶望した2人は家を抜け出すと、人目を忍んでトチノキの下で再会。2人ははかない恋を恨むと、娘が家から持ち
出した毒汁をヤリの先に塗り、刺し合い、息絶えた。その瞬間、トチノキの枝と枝が伸びて絡まり合い、1つに連なった。駆けつけた人々は、2人の愛の強さに身を震わせた――。
その後、この木は、竜神の住むほこらとして祭られる。縁結びの神木としても人気を集め、明治後期から昭和初期にかけては、縁の薄い娘さんが夜、ひそかにお参りする姿も見られた。
郷土史によると、明治初期、開拓使長官の黒田清隆が来村し、その姿に驚き、「白木神社」の称号を贈ったと伝えられている。しかし、木を守り続ける同神社三代目宮司の田中兼吉さん(79)は、白木の「白」は、竜神の
化身である白蛇に由来すると言う。願がかなう人は空洞化したトチノキのウロをのぞくと、白蛇が見える、という言い伝えも。田中さんは「白蛇の白と、トチノキが合わさってできた名前。偉い人がつけた名前より親しみが
持てる」と話す。
小学生の時に見学したという同市石崎町の沢田憲義さん(66)は「この付近で唯一の物見遊山ができるところだった」。子どもたちの間では、赤い樹液が出ると、戦死者が出た印だとうわさにもなったという。
だれからも親しまれ、愛され続けた「橡の木さま」。今でもあの悲恋の2人を象徴するかのように、秋には白い実をつける。
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