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ID 15437
登録日   2010年 3月22日
タイトル
【視点】産経新聞編集委員・宮田一雄 鎌倉の大銀杏倒壊
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新聞名
SankeiBiz
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元URL.
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/100323/mca1003230505002-n1.htm
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元urltop:
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写真:
 
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■切り株に芽生える再生への希望  雨まじり、雪まじりの冷たい北風は、繰り返し、逆巻くように大枝を揺さぶり続けたに違いない。新聞は《午前4時15分ごろから5分おきに「ドンドン」という音がして、同40分ごろ、雷が落ちるような音がしたため警備員が 外へ出ると、大銀杏(いちょう)が倒れていた》と伝えている。
 鶴岡八幡宮の石段脇にあった大銀杏は、幹周り6.8メートル、高さ約30メートル、樹齢は約1000年とされ、鎌倉幕府3代将軍、源実朝暗殺の舞台になったとも伝えられる。遠足や修学旅行で鎌倉を訪れ、「実朝公を襲 ったおいの公暁が隠れていたのがこの銀杏の木で…」と説明を受けた記憶がある人も少なくないはずだ。
 おそらくは日本で最も有名なその大銀杏が3月10日未明、強風を受け、雷鳴がとどろくような大音響とともに倒壊した。1000年に1度の大事件である。その日のうちに「現場」を見ておきたいと思い、鶴岡八幡宮境内を 夕刻に訪れた。
                   ◇  立ち入り禁止の柵のはるか向こうに巨木が横たわり、たくさんの人が別れを惜しんでいる。根もと側から見ると、太い幹の真ん中にぽっかりと穴があいていた。周辺の木は無事なのに、大銀杏だけが倒壊したのは内部の 空洞化が進んでいたからだろう。遠巻きにその姿を見つめながら、地元商店のおかみさんと思われる女性が「かわいそうだねえ」と涙を浮かべていた。
日が暮れるにつれて、喪失感が募る。無理もない。そう思って境内を後にしたが、翌11日になると雰囲気が少し変わってきた。鶴岡八幡宮が「あらゆる可能性を追求したい」と大銀杏再生に向けて積極的な姿勢を打ち 出すようになったからだ。植物再生の専門家らの意見を踏まえ、根もとが乾燥しないようシートをかぶせるなど、素早く行動をとっている。
 倒壊したのは水曜だったが、週末にはもう、クレーンやパワーショベルなどの重機を境内に入れ、倒れた幹を根付かせるための作業が進められた。幹の最も下の部分、根もとから高さ4メートルのところまでを切り、元の 位置から7メートル離れたところに穴を掘って移植する。高さ4メートルの巨大な切り株が出現したかっこうだ。
 地中に埋められた根もと部分の細い根はまだ生きているので、うまく根付けば、その巨大な切り株がよみがえり、新しい芽が成長していくことが期待できる。また、元の場所にも地中に根が残っているので、そこから「ひ こばえ」という新しい芽が成長してくる可能性もある。移植した切り株と元の根の両方から、大銀杏の後継樹が育つようなこともあるかもしれない。
 樹高30メートルの大木がそっくりよみがえるわけではないが、樹齢1000年の威容は巨大な切り株によってしのぶことができる。そして、鎌倉を訪れる人たちは今後、その1000年の歴史を引き継ぐ新たな若木の成長 を同時代の歴史として、現在進行形で目撃する大きな機会にも恵まれることになる。
  もちろん、再生が成功するかどうかは、もう少し時間が経過しなければ分からない。だが、閉塞(へいそく)感漂う昨今の日本の状態を考えると、これは素晴らしい体験なのではないか。
 たとえば、巨大な組織は外からの圧力よりむしろ、内部の空洞化が進行することにより倒れる。そして、その空虚を抱え込んだ組織が倒れた時こそが実は、再生への大きなチャンスになる。伝統を重視しつつも、いち 早く境内に重機を入れ、17トンもの切り株の移植作業が進められた。そのためにはご神木の切断も辞さない。その果断さが希望につながったのだとしたら、危機管理、危機対応の観点からも参考になりそうだ。
 地響きをあげて倒れたとはいえ、境内に人のいない時間帯だった。誰一人負傷することもなく、すぐ脇の石段すら無傷であるように見える。比喩(ひゆ)的には「静かに」倒壊したといっていい。その別れの見事さも含め 、大銀杏の教訓は、日本にとって驚くほど暗示的であると言うべきだろう。
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このページの公開日は1999年11月12日。最新更新日はです。