ID 1002
登録日 2006年 5月16日
タイトル
バヤンオボ自然保護区 新種トウヒの誕生へ
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新聞名
開発ネット
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元URL.
http://www.kaihatu.com/jiaoyou/wz_disp.asp?id=744&wd=118
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写真:
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バヤンオボ自然保護区は、内蒙古自治区赤峰市のへシグテン旗」(中国の県に相当)に位置する。赤峰の旗の中で最大面積を誇るへシグテン旗には、大興安嶺のすそ野や標高2000メートル余りの山々、氷河
期の石林の遺跡、ゴンガル草原、ダリノル湖などがある。豊かな地形に彩られた風光明媚な場所である。
北京から夜行列車に乗って翌朝、赤峰に到着した。そこから赤峰林業局のジープに乗り換え、バヤンオボを目指す。3時間ほど走るとへシグテン旗に入った。遠くに見えた草原が徐々に広がり、やがて辺りは緑であふれ
た。ジープは駿馬のように草原を駆け抜け、私たちはほどなくバヤンオボ草原リゾート村に到着した。
砂地や乾燥、寒さに強い
バヤンオボの山頂に登ると、自然保護区のトウヒ(Picea)林を一望することができた。標高はそれほど高くないので、車はすぐにも山頂に到達した。そこには、蒙古族の人々が神を祀るのに用いる、石を積み上げたオボ
がいくつもあった。
深緑のトウヒ林が、山すそに沿って数キロほども広がっている。林と草原の緑の濃淡が、みごとに調和していて美しい。自然保護区の科学研究責任者の劉主任が「砂地トウヒ(picea
mongolia)の総面積は一万5000ヘクタール余り。我々の主な保護対象になっている」と教えてくれた。
「この辺りは草原なのに、なぜ砂地トウヒと言うのか?」。私は思わず、素朴な疑問をぶつけた。
「ここはハウンサンダコ砂漠南端の草原地帯に位置し、緯度の高い亜寒帯に属している。草に覆われた地表は砂塵が堆積した第四紀層で、地層の厚さは10~100メートル。その下は灰色のもろい泥灰岩で、泥灰岩の露
出部分がオボ山になったのだ」と劉主任は説明してくれた。
砂地トウヒはきわめて特殊な森林生態系統で、中国・ハウンサンダコ砂漠の周囲にだけ分布している。その砂地トウヒの最大分布地区が、バヤンオボ自然保護区だ。砂地トウヒ林は、オボとゴンガル両河川の源流地域
を保護するとともに、牧畜民の生活環境の改善や砂漠化の防止、華北地区と北京への砂塵の抑制に、重要な役割を果たしている。
オボ山を下りてトウヒ林に入った。トウヒは四、五本ずつ群生している所もあれば、単独で生長している所もある。周囲に灌木はないが、地に落ちた実は根を下ろし若木に育っている。トウヒ林の斜面には青草が生えそ
ろい、まるでじゅうたんのように柔らかそうだ。
古木を仰ぐと、高さは約20メートル、幹は直径80センチほどもあった。ザラザラとした厚い樹皮に覆われており、枝葉が力強く伸びていた。劉主任の話では、その木の樹齢は少なくとも200年以上、林には似たような古
木が多く、最も古いものでは樹齢が300年以上に達するという。
砂地トウヒはきわめて特徴的な性質を持っており、砂地や乾燥、寒さや氷結に強い。砂地や乾燥に強いのは、発達した枝根が地中深く伸びているためだ。樹齢十年以上のトウヒには実が結ばれる。種子は鳥や風により
数キロ離れた場所に運ばれて芽生え、根を下ろし、若木になる。トウヒ林の日陰では、緑の苗木がいたるところに育っていた。トウヒは適応性が高くその姿も美しいので、環境の緑化には理想的な木だといえる。
新種トウヒの誕生へ
草原リゾート村に戻って、パオ(蒙古族特有の移動式住居)で劉主任と話を続けた。「60~80年代の資料では、バヤンオボのトウヒは紅皮トウヒ(Picea
koraiensis)と記載している。どうしてまた砂地トウヒと呼ぶようになったのか」と聞くと、「それは確か50年代末期のこと。営林機関からの派遣員がトウヒの種子、球果、葉などの標本を北京へ持ち帰り、有名な植物学者・鄭
万均氏に鑑定を求めた。それには当時、鄭氏の学生だった傅立国氏(現・中国科学院植物研究所教授)も参加した。鄭氏は標本を調べ上げた結果、それが紅皮トウヒであると判定した。それで、後の本や雑誌ではトウヒ
を紅皮トウヒと称するようになったのだ」と劉主任は説明してくれた。
しかし学名については、傅立国教授らを含む植物学界に意見の相違があった。バヤンオボのトウヒ標本は厳密に言うと紅皮トウヒと異なるが、その種を確定することはまだできなかった。
中国科学院瀋陽応用生態研究所の徐文鐸氏は70年代末、紅皮トウヒの分布地域が、東北地方から遠く離れたハウンサンダコ砂漠の周囲に分布していることを発見、研究調査の必要性を覚えた。彼はバヤンオボで実地
調査をした後、同地のトウヒ林は紅皮トウヒではなく白ヌ、トウヒ(Picea meyeri)だと判定した。しかし一部の学者はなお、別の砂地トウヒだと主張した。
これにより徐氏は、バヤンオボのトウヒ群落の研究をさらに深めることにした。年に何度もバヤンオボへ足を運び、調査や標本採集から比較テストを行った。頻繁な野外観察と紅皮トウヒ、白ヌ、トウヒ、砂地トウヒの三種
の種子や標本を研究した結果、徐氏は自らの白ヌ、トウヒの命名を否定するに至った。
三種のトウヒは、その外観と種子に明らかな違いがあった。葉の解剖や栽培実験、染色体などの研究を通して、遺伝要素に差異が生じていたことがわかったのだ。結果、バヤンオボのトウヒは白ヌ、トウヒから進化した
新種のトウヒである可能性が大きい、との結論にいたった。
ダーウィンの『種の起源』理論によれば、まず地理と空間に隔離現象が起こり、次に生殖の隔離が生じて生物分化が促され、最後に新種が創られる。新種の形成には長期にわたる過程が必要で、一般的に何百万年、あ
るいはさらに長い年代を経なければならない、という。
トウヒ属は、熱帯の山地が起源だとされる。化石の考証によれば、第3紀中新世期の中国東北地区、内蒙古東部地区の気候は今の長江流域とよく似ていた。温暖湿潤の亜熱帯気候であったため、トウヒ林の分布はおそ
らく現在より広範囲にわたっていたと考えられる。第3紀末期から北半球の気候が徐々に寒冷化し、今から約三万年~二万四千年前には、乾燥や寒冷化によりトウヒが大量に死滅した。残った一部が、厳しい自然条件に
適応する機能構造へと進化をとげて、分類学上の新種が創られたのだ。
砂地トウヒが誕生したのは、今から約一万年前のことだと見られている。発掘調査によれば、一万年前のシリン川流域にすでにトウヒの花粉が発見されている。また約三千六百年前のトウヒや白樺、松の花粉も発見され
た。トウヒの花粉は現在のバヤンオボのものとほぼ同種であることもわかっている。
徐文鐸氏は十年余りの研究により、科学的にも裏付けられたトウヒの新種説を打ち立てた。
内蒙古自治区林業庁主催のバヤンオボ自然保護区トウヒ新種の鑑定会が1998年3月27日、北京の香山で開かれ、全国から数十人の植物学専門家、研究員が参加した。そこで徐文鐸氏の標本の検討が行われ、研究成果
が認められて「バヤンオボ自然保護区のトウヒは、内蒙古のハウンサンダコ砂漠の緑地帯だけに分布する特有新種。世界の珍しい残留森林生態系統に属する。砂地トウヒと名付けることにより、砂地に生育する基本的
な特徴を明確に表す」との認識の一致をみた。
これによりトウヒの一新種がバヤンオボに認められた。それは植物分類学上の成果であり、高い学術的価値を持つものである。とともに自然保護区の生態保護と経営、管理にも科学的根拠を示すものとなった。
自然保護に全力をあげる
翌日はゴンガル河を渡り、別の砂地トウヒ林に到着した。青々と茂った草木や清らかな河川の流れ…とそこには素晴らしい眺めが広がっていた。高木には球果がいくつも実り、リスが小枝に飛び上がる。遠く梢にとまる三
羽のサギは、哨兵のように整然とたたずんでいた。
1979年、バヤンオボは自治区級の自然保護区に指定された。以来、長年の努力により砂地トウヒ林の保護や造林、科学的な研究に大きな成果が上がった。また新種が鑑定されたことにより、トウヒ林の保護がさらに重
視されている。1999年、同保護区は国家級の自然保護区に指定された。それは砂地トウヒ林の保護や、中国の砂地トウヒの起源や進化、古代の気候変化の研究にきわめて価値がある。と同時に、中国北方の砂漠化防止
と生態保護プロジェクトの実現、日照りに強い針葉樹の遺伝子の保存や抽出などにも有益だ。
林の奥へ進むと、一本の枯れたトウヒが目に入った。ボロボロになった木の芯はキクイムシ(Ips duplicatus Sahlb)に食われたと劉主任が説明してくれた。ヒラタハバチ(Cephalcia
abietis)とキクイムシは、砂地トウヒの天敵だという。ヒラタハバチはトウヒの葉を食い荒らす。キクイムシは米粒くらいの大きさで繁殖が速く、表皮に隠れて木の養分を吸い取ってしまう。
バヤンオボは、50年代に二度も森林火災に見舞われた。その後、トウヒ林に害虫が異常発生した。植物学者や自然保護区の科学研究員たちは数十年来、害虫駆除のためにベストをつくした。80年代以降、自然保護区
ではケ燒リに作られたヒラタハバチの巣を取り除くとともに、ヒメバチやアリなどヒラタハバチの天敵を採集、繁殖させて、自然の力で害虫を駆除した。またヒラタハバチの繁殖期に殺虫剤を散布するなどあらゆる手段を
使ってトウヒの病害虫を駆除し、著しい成果を収めた。
林を出た後、トウヒの苗木を育てるビニールハウスを見学した。そこでは専用の栄養剤で育てた苗木が、すくすくと生長していた。保護区が力を入れる人工苗木栽培と挿し木の研究プロジェクトだった。研究はすでに
成功し、今は規模を拡張する段階に入っていた。もともと砂地トウヒの自然繁殖は3~5年がかかり、活着率も低かったが、人工栽培で苗木の生育時間は短縮され、定着率も高まった。それにより植樹までの回転が早まり、
バヤンオボは中国における砂地トウヒ苗木の「一大生産基地」となった。
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