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木の椅子をつくるというのは、実はとても難しいことだ。どんなにデザインがかっこよくても、座り心地が悪かったり強度が持たなかったりすると椅子としては評価されない
かといって実用一辺倒では魅力がない。デザインと実用のバランスの壁を乗り越えるためには、職人たちの長年の経験からのリーズナブルな提案が必要になる
「そうやって練って練ってできたプロダクトには、あたかも讃岐うどんのコシのようなものが出てくる」かつて、そう教えてくれたデザイナーがいた。「僕みたいな左脳型の人間にもわかる強烈なデザインの言葉として忘れられない」と山中さんは今もその言葉を胸に刻んでいる
『HIROSHIMA』というネーミングを決めたのもデザイナーの深澤さんだ。最初、山中さんは「広島で育った人間の一人としてカタカナのヒロシマを想起させるから、絶対にやめてくれ」と言った
だが、深澤さんは譲らなかった。「一度耳にしたら忘れないし、世界に出て勝負するならこの名前がいい」。仕方なく、しぶしぶ受け入れた名前だったが、「今は本当にいい名前を付けてもらったと思っています」
『HIROSHIMA』は、現在マルニ木工の主力商品になっている。出荷脚数も売り上げ脚数もダントツの一位を誇る。「不思議なほど座り心地がいい」という評価を得ているのは、「身体に聴け」ということを大切にデザインして製品化してきたからだ。一脚を作るのにはオーダー後、約一か月かかる
「非常に手間がかかるから、最初の頃は一か月に40脚以上は作れなかった。今は、ピーク時には月に800脚作っています」
量産を可能にしたのは、マルニ木工がモットーに掲げている「工芸の工業化」のおかげだ。このことは、マルニ木工の技術力の強さを表してもいる
「一脚だけ素晴らしいものを作れる職人はたくさんいますが、量産化ラインに流すためには工場の機械のプログラミングも必要。うちの会社はそれができるのが強みです」。すべて手作りだと100万円くらいになる椅子を工業化によって15万円程度で作ることができるそうだ
『HIROSHIMA』で世界へ「よし、この椅子で世界に出ていこう」胸にひそかな自信を抱きイタリアでの家具フェアに出展したのは2009年のことだった。「当時はまだヨーロッパの人たちは日本に高級家具のメーカーがあることさえ知らなかったんじゃないかな」と、山中さん。「日本と言えば畳の国のイメージですから、日本の椅子なんて考えたこともなかったと思います」
実はこの時、今に続く一つの素敵な出会いがあった。日本の商社で海外の高品質の椅子を日本に入れる仕事をしていた青年がマルニ木工の椅子を見て、こんな希望を胸にマルニの門を叩いてくれた
「この椅子だったら、初めて世界で勝負できる可能性がある。僕がそれをやりたい。今より給料が下がっても構わない」この時のことを「いやぁ、嬉しかったですよ」と顔をほころばせて語る山中さん。「よくうちに来てくれたと思います。うるさい奴だし、なかなか文化に馴染めないで大変だったみたいだけど、あれだけの一生懸命の想いを見せられて、ほんとうに力強かった」
強力な助っ人を得たことで、マルニ木工の椅子はいまでは30か国くらいのお得意さんから愛されている。今では月に500脚程度の注文が入るという
100年続くものづくりを続けたい銀行を辞めてマルニに戻った当初は、売り上げダウンの歯止めが聞かなくてそれを一時的にでも埋めるために本来はやりたくない商品開発も山ほどやってきたという
「でもね、そんなやり方では勝てないんです」今ももちろんお得意先のオーダーに答えて製品を作ることもあるが、基本的には「自分たちが本当にお届けしたいもの」をつくることに徹している
「職人さんたちは、僕がどうこう言って動く人たちではない。ただ、いざという時にはいつでも一緒にやるよというスタンスでいます」。職人さんたちのモチベーションアップに効果的なのは「売れている、お客さんが使ってくださるということ」だそうだ。その後、ちょっと笑いながらこんな話を教えてくれた
「うちの工場は一般の見学を受け入れているのですが、お客さんがたくさん見にいらっしゃるときは職人たちもすごく嬉しそうなんです。見学客が女性ばっかりなんて日には、みんな“勝負作業服”を着て仕事していますよ」広島県広島市内の湯来町という山間部に工場はある。「本当に田舎です。標高は400m。冬は雪がどっさり積もります」。広島が、地元が、今ではとても大好きだという山中さんは地方へのUターンやIターンを希望する若者に向けてこんなメッセージをくれた。山中さん自身がかつて教わった言葉だ
「やってみてから、考えろ」悩んでないで、まず一回動いてみたらいい。やってみてダメだったら元に戻せばいい。いい加減に聞こえるかもしれないけど、やってみてから考える。この順番が大事だという
「やってみてから考える」を繰り返しながら、確かな手ごたえを見つけてその種を育てて仲間と出会い、ともに成長してきたこれまでの日々。マルニ木工は9年後の2028年に100周年を迎える
「100年後の後輩が、100年前の先輩がこんなのを作っていたんだな。わしらもまだおんなじもの作ってるぜ」。そんなふうにこれからもずっと続いていくことを山中さんは願っている
文化放送『The News Masters TOKYO』のタケ小山がインタビュアーとなり、社長・経営者・リーダー・マネージャー・監督など、いわゆる「リーダー」や「キーマン」を紹介するマスターズインタビュー
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