v10.0
- ID:
- 43145
- 年:
- 2018
- 月日:
- 1112
- 見出し:
- 明治維新をなし遂げ、一国の財政を潤した霊薬・樟脳の香りが復活の兆し!
- 新聞名:
- Yahoo!ニュース
- 元URL:
- https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20181112-00103867/
- 写真:
- 【写真】
- 記事
- 私の車の後部座席には、クスノキの幹の輪切りが積まれている。取材先でクスノキの伐採をしていたのに立ち会い、その片をもらったのだ。おかげで1カ月近く経ったのに車内はクスの香りが充満している
それが心地よいのだ。メントールのような鼻がスッとする感覚。フレッシュでいて、脳内にしみ通るような香りだ。それは鼻につく刺激ではない。また香りだけでなく防虫効果などもあるという。木の香りの中で、私は一番好きである
樟脳と言えば、衣類の防虫剤を思い出して、その臭いを嫌う人もいるかもしれない。アレルギーになる人もいるという。だが、おそらくそれは樟脳の香りではない。一般に出回っているのは松脂からつくる合成樟脳、およびコールタールからつくるナフタリン、あるいはパラジクロルベンゼンなどの化学物質だろう
私が嗅いで喜んでいるのは、クスノキに含まれる正真正銘の天然樟脳の香りだ。もし、その香りを知らないというのなら、クスノキの葉1枚でいいから、ちぎって揉んでほしい。それで立ち上る爽やかな香りだ。よく似た香りの中にはシナモンもある
この天然の樟脳が世界を動かし、日本では明治維新の原動力になったことをご存じだろうか。さらに言えば、一時期樟脳の生産は日本が世界シェアを独占していたことを
樟脳は、英語ではカンファー、オランダ語でカンフル。かつて強心剤として病人の劇的な復活効果が期待されたほか、血行促進作用や鎮痛作用、消炎作用、鎮痒作用など多くの薬効に使われた。もちろん防虫・防腐剤としても重要で、エジプトやギリシャでは神聖な霊薬として使われた。そしてヨーロッパで長く珍重され続ける
20世紀に入ると、合成樹脂であるセルロイドが発明され、さらに無煙火薬、そして写真や映画のフィルムの材料としても樟脳は引っ張りだこになった
日本でも安土桃山時代から江戸時代初期に生産が始めたられたようだが、とくに幕末には、薩摩、五島列島、そして土佐で盛んに生産され、密輸出された。それがヨーロッパを独占し、莫大な資金を生み出した。たとえば後に三菱を創設する岩崎弥太郎は、樟脳生産で莫大な利益を生み出し、土佐藩はそれで軍艦や武器を購入している。それが倒幕につながったのである
さらに日清戦争後に領有した台湾はクスノキが繁茂しており、大々的な樟脳生産が行われた。一時は世界の樟脳生産量の8割を日本と台湾で占めるまでになった。これを専売にすることで台湾経営の主たる財源となったうえ、日本政府も潤したのだ
さて、長々と樟脳の価値を説明してしまったが、そんな天然樟脳も戦後はすっかり姿を消した。合成化学物質に座を明け渡したのである。日本では福岡県みやま市の内野樟脳だけで昔ながらの製造を守っている……と聞いて訪ねてみることにした
大通りから1本奥に入った道沿いに樟脳工場はあった。その前には刻まれたクスノキが転がっており、ふわっと樟脳の香りが漂う。そして製造を手がける内野和代さんに案内していただく
製法は、チップにしたクスノキの材を釜に詰めて水蒸気で蒸留するというもの。出てくる蒸気を冷やすと樟脳油が採れ、その中で樟脳が結晶化するのだ。それを圧搾して搾り取る。残った樟脳油は加工すると再製樟脳を生産できるのだが、今はアロマオイル用などにそのまま利用されるそうだ
クスノキを蒸留して冷やすと樟脳油となり、やがて樟脳が結晶する 気になったのは、原料のクスノキの調達だ。クスノキなんて植林もほとんどされていないし、それが尽きたら樟脳の生産はできなくなるのではないか
だが、答は意外だった
「市場で仕入れることもありますが、むしろ持ち込みが多いんです。庭木や神社仏閣、公園、街路樹などに植えられているクスノキが伐られると、処分に困るんで業者が持ってきてくれるんですよ」
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