v10.0
- ID:
- 33314
- 年度:
- 2015
- 月日:
- 0616
- 見出し:
- 伊豆大島<3>椿はいい実をつけるまで、30年かかる
- 新聞名:
- asahi.com
- 元URL:
- http://www.asahi.com/and_w/interest/SDI2015061563511.html
- 写真・動画など:
- なし
- 記事内容
- 黄金色に輝くオイルをそっと手のひらに落としてみると、すうっと肌に馴染んでいく。高田製油所が作る椿油は、オイルなのにベタつきは気にならない。保湿力も抜群で、洗顔後はこれ一本でも大丈夫なほど。根強いファンが多いのもうなずける。
椿油は日本では平安時代から使われていたが、伊豆大島で生産され始めたのは江戸時代後半から。今では伊豆諸島が日本一の生産量を誇る。椿油が髪や肌にいいと言われるのは、成分の約86%が「オレイン酸」という脂肪酸だから。皮膚から分泌される脂肪分と性質が似ているので、よく馴染むのだと
いう。
1929年創業の老舗、高田製油所で作られる椿油は、大島産ヤブ椿100%の天然オイル。昔からの製法を守り、溶剤や薬剤は一切使用していない。島内で採取されたヤブ椿の種子を、渋皮ごとクラッシャーで押しつぶし、せいろで蒸してから「玉締め式圧搾機」と呼ばれる機械で1時間かけて絞り出す。火入
れなどはせず、ゆっくりと漉すことで純度100%の椿油が出来上がるという。
種子は9月から11月にかけて集められる。手作業で分別してから倉庫で保管し、毎月フレッシュなオイルを絞っている。工場内にある4台の圧搾機をフル稼働させ、1回で絞れるのは20リットル程度。それを1週間かけて600キロの種子から200リットル(ドラム缶1本)のオイルを抽出するのだ。
「椿はいい実をつけるまで、苗を植えてから30年かかるんです。しかも実がなるのは1年おき。それが一番の問題点。量産できないんですよ。だからどうしても高くなっちゃうんですよね」
高田製油所の4代目を継ぐ高田義土(よしと)さん(40)はそう話す。高田さんは、大島生まれの大島育ち。「あぶら屋」の家に生まれたが、工場にはほとんど来たことがなく、祖父と父が実際にどんな作業をやっているのかは全然知らなかった。もちろん家業を継ぐつもりもなく、高校を卒業するとすぐに東京へ
出た。
「東京ですぐ就職したんですよ。早く独立したくて。学校行ったら学費かかるし、親のやっかいになるのは嫌だったから、寮のある仕事を探し、建設会社に入ったんです」
仕事内容は、マンションの内装工事が中心。入社1年目は会社の養成所に通い、給料をもらいながらクロスや床貼り、ドアの取り付けなど大工仕事全般を学んだ。もともと職人気質なところがあったのか、どの仕事も楽しかった。結局7年間ほど同じ会社で働き続けた。しかし、あるとき突然嫌になってしまう。
「マンションの内装工事って人とあまり接しないんです。指示されたことを黙々とこなすだけ。会話がないんですよ。それが異様につまらなく感じて。24歳くらいのときにもう辞めようかな、と思ってパッと辞めちゃった」
しかし、次に何をすればいいのかはわからなかった。職探しをする気にもなれず、半年ほどぶらぶらして、とりあえず大島へ戻ってきた。「病んで帰ってきたんですよ」と高田さんは言う。
無職となり実家に戻ってきたが、このときも家業を継ぐ気はまったくなかった。しばらく何もせずにいたが、知人に「内装できるなら手伝に来い」と言われ、ときどき建設現場へ行ったり、実家のお店で店番をぽつぽつとし始めた。
高田さんが「うちの椿油ってすごいんじゃないか?」と気づいたのは、アルバイトで店番をしているときだった。
「店に誰もいないと、僕が電話をとるわけじゃないですか。そうするとお客さんから褒められるんですね。『本当にいいオイルですね』って。え、そうなの?そんなにいいの?って(笑)。そういう電話が続いて、だんだん椿油に興味が向いていったんです」 お客さんがよろこんでくれる。そのよろこびの声が直接届く。これまでの仕事では感じたことのない手応えだった。「もっとよろこんでもらえるにはどうしたらいいんだろう?」。そう考え始めた高田さんの中には、家業を継ぎたいという思いが芽生え始めていた。
..