v10.0
- ID:
- 51865
- 年度
- 2011
- 月日:
- 1014
- 見出し:
- ヲイカルマイ遺跡で丸太運搬の軌道跡発見 郷土史知る貴重な資料
- 新聞・サイト名:
- 苫小牧民報
- 元URL:
- http://www.tomamin.co.jp/2011s/s11101302.html
- 写真・動画など:
- 【写真】
- 記事内容
- まちの内陸開拓の拠点となった厚真町吉野地区のヲイカルマイ遺跡で軌道跡が見つかった。かつて厚真の山林で伐採された丸太を早来駅までの運搬などに活用された軌道と推定されている。文章資料や実際に作業を携わったり、見た人たちによって語り継がれてきた歴史が改めて裏付けられた格好。厚真
町教育委員会によると、軌道跡の発掘は全国的にも珍しいという。
見つかったのは、同地区の道道東側車線の下から枕木が抜き取られた跡が検出。枕木は長軸125センチほどで幅は約15センチあったと思われ、55センチ程度の間隔で見られた。町教委の乾哲也学芸員は「調査の結果、何度か補修工事が行われたと思われる形跡もあった」と指摘する。
この軌道は、三井物産が1904年に伐採した木材の運搬目的で敷設し、大正期には一般旅客、一般貨物の運搬も行われた記録が残っている。もともと馬車鉄道で1931年にガソリン車に切り替わり、戦後間もなく廃止された。早来から厚真まで約6.5キロを結び、生活を支えた。
乾学芸員は「厚真がどのように発展してきたのかを将来に伝えていく上でも、見て、感じられる貴重な物証」と説明。
早来の馬車鉄道も含めて郷土史の調査・展示を続ける、安平町の町民グループ「土の会」の川内つづり代表は「当時の人たちは過酷な中で作業をしていた。早来の集積所は当時、全国屈指の規模だったほど。こうした歴史を知ってもらう機会に活用できれば。鉄道ファンにも、注目されるのでは」と話してい
る。
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