v10.0
- ID:
- 46160
- 年度
- 2010
- 月日:
- 0527
- 見出し:
- 時代を読む:嶌信彦の眼 伝統技術で蘇(よみが)える和紙、欧米に負けない吉田カバン
- 新聞・サイト名:
- 毎日新聞
- 元URL:
- http://mainichi.jp/life/money/news/20100526org00m020021000c.html
- 写真・動画など:
- なし
- 記事内容
-
今回も日本の匠(たくみ)の技と伝統が世界で脚光を浴びている実情をリポートしよう。
最近、日本古来の「和紙」が注目されてきた。紙といえば、「破れやすい」「水に弱い」「火に弱い」などの弱点があるうえ、製造にも手間がかかり、値段も高く、原材料のミツマタやコウゾが少なく、何より和紙製造に必要なきれいな水も減りつつあった。そんな環境の中で和紙づくりを進めても一部の和紙愛好家
にしか需要がなく、和紙の作り手はどんどん減少しているのが実情なのである。
昔は和紙といえば、障子紙やぼんぼり、習字と書道用の紙として欠かせないものだった。しかし、建築住宅は洋風マンションが主流となり、日本家屋から縁側、ふすまがなくなり、ガラス窓のサッシがはやるにつれ和紙がいつしか忘れさられていったのだ。また戦後、山に杉ばかりを植え、そのうち輸入材が安く
なってくると杉林が放置されて和紙の原料となる木材の育つ余地がなくなってきたことも和紙衰退の大きな背景にあろう。世の中の流れが大量生産、大量消費、効率化、機械化してくるにつれ、手っ取り早く大量に安くつくれる洋紙が会社の事務や学校、家庭で使う紙の主流になってしまった。
私は小さいころ、小学校の先生に「紙を大事に使いなさい」と言われ、その使用順序をユーモアをまじえて教わったことをいまだに忘れない。先生は「紙はまず鉛筆などで字を書くことに使えるし、その後はお習字の練習にも使えるでしょ。そしてその紙がかわいたら鼻をかむことに利用できるし、最後はお便所でお
尻をふくことに使えば、1枚の紙を4~5回ぐらい活用できるのよ」と言った後、「ただし順番を間違えたらダメ。お尻から始まったら1回でおしまいだからね」と笑った。まさにモノのない時代の“モッタイナイ運動”の実践の一つだったなと思い出す。
◇和紙が静かなブームに
その和紙が今、にわかに静かなブームを呼びつつあるのだ。和紙にコーティングしたり科学的工夫を加えることで、和紙の素材の素晴らしさ、美しさをそのまま生かしながら「燃えない」「破れない」「水に強い」「長持ちする」などの和紙が誕生している。また元来、和紙には吸水性、通気性、自然素材なので肌に
やさしいという特性もある。こんな応用範囲の広がりに目をつけていまや家の内装、壁紙、照明器具のシェード、マフラーや肌着、ぬいぐみ、タオル、靴下、名刺入れ、コースター、スリッパなどにも活用され始めた。
◇和紙づくり30年のオランダ人
そんな和紙の伝統文化・工芸に惚(ほ)れ込み、30年にわたって高知県・梼原(ゆすはら)町で手すき和紙工芸にたずさわっているオランダ人がいる。母国のアムステルダムで本の装丁を手がけていたロギール・アウテンボーガルトさん(54)で、20代の時に和紙に出会った。ヨーロッパにも伝統のコットンペー
パーはあるが、それは木綿布のリサイクルで作ったもの。「日本の自然の木材から直接つくったものとは違うし、何より和紙に木材の長い繊維が透けて見える美しさやその薄い紙をさまざまな用途に使い回してリユースしてゆくことにも感動した」という。和紙に出会ったロギールさんは、1年もたたない80年にシベリ
ア鉄道に乗ってハバロフスクから船で横浜にやってくる。それから和紙を作っている全国の紙漉(す)きの工芸家を訪ねて回った。千葉、埼玉、京都、岐阜など和紙の生産地を自分の目で確かめた後、日本で結婚した妻・千賀子さんと日本でもっとも美しい川といわれる四万十川のある高知県に居を定める。高
知県には千年の歴史をもつ土佐和紙の伝統があり、原料となるコウゾ、ミツマタも豊かな産地だった。
◇内装材やマフラー、下着にも
ロギールさんは土佐和紙の町、伊野町で11年間修業した後、現在の梼原町に移り本格的な和紙工芸家としての道を歩み始める。ただ紙漉きの技術を学ぶだけではダメだとコウゾ、ミツマタを植える原料作りやコメ、麦などを作る農家の暮らし、そして地域とのつながりも深めながら、秋に刈り取ったコウゾ、ミ
ツマタを真冬に蒸して皮をはぎ、その皮の表面をへぐって白皮にし石灰で煮た後、川辺のさらし場で流水に3~4日さらすと不純物がとれて漂白された紙になる。それを昔ながらの手作業で湧(わ)き水や粘度を出すトロロアオイと混ぜて根気よく菌の入りにくい冷たい水の冬に漉くのだ。最近はシダ、紅葉などの
自然を漉き込んだ装飾紙や西洋のコットンペーパーの技術を合わた土佐紬(つむぎ)、藍(あい)染めの糸をコウゾにまぜたオリジナル和紙も考案している。
和紙の肌合いや灯(あか)りに浮かんだ和紙は、人間をホッとさせるやすらぎを与える。和紙が現代の高度機械文明社会で好まれる環境が再び整ってきたのだ。ロギールさんは白い紙でマフラーをつくったり、下着をつくるなど次々と新製品を生み出している。そして木を植え、この伝統工芸を伝えるため、紙
漉き体験「民宿かみこや」も開き、木と紙でできた家に住む。「和紙は数百年もつ」というロギールさんは「土佐の匠」にも認定され、高知の山奥の集落から和紙文化を世界に発信、日本の伝統工芸と文化に新しい光を当てているのだ。
◇欧米ブランドに対抗して人気に、“一針入魂”で美しく手ごろな価格
街で見かける若い女性が持つカバン、バッグといえばルイ・ヴィトンやシャネルなど欧米製のブランド品が圧倒的だ。そんな中で、日本ブランドとして若者や中年に人気があるのは「吉田カバン」(株式会社・吉田)だろう。吉田カバンもまた創業精神の“一針入魂”を理念、哲学とし、日本の匠の技と簡素な美し
さを原点にモノを運ぶうえで「使いやすく」「便利」を基本とし、決して派手さを求めていないことが特色だ。簡素で使いやすく、便利ということが、実はもっとも美しいことにつながり、人々に飽きられず長く使われる秘訣(ひけつ)であることを教えている。
◇2つのブランド「ポーター」と「ラゲッジレーベル」
吉田カバンの有名なブランドシリーズは2種類ある。1つは半世紀にもわたって人気を保っている「PORTER(ポーター)」と1984年に登場した「LUGGAGE LABEL(ラゲッジレーベル)」の二つだ。だが、この二つのブランドには、何と約200のシリーズがあり、毎年さまざまなニーズに応えて数多くのデザインを
生み出しているのである。ポーターは、ホテルなどで客のカバンを預かり運搬するポーターからつけた名前で20~30代の若者に絶大な支持を集めている。
ポーターシリーズの中で、長く人気を誇っているのは「タンカー」シリーズだ。感触が柔らかく、欧米のカバンなどに比べとにかく軽いし、縫製が実にしっかりし丈夫なのだ。83年の発表以来30年近くロングセラーとなっている。ポーターに対しラゲッジレーベルは1984年に登場した大人向けのブランドで新素材
を使い、時代にあわせた新機能などを盛り込んでいる。新素材のためには、世界中の展示会に足を運んでよい素材を探す。たとえばイタリアのコットーネは、加工していない木綿だが目が詰まっているので、水を吸うと繊維がふくらむことによって水を通さないメリットがあるわけだ。イギリスのワックスド・コットンとい
う生地を使ったカバン作りなども試みているという。また、パソコンの持ち運びが当たり前の時代になると、直ちにパソコンを収納できる新デザインのカバンをつくるといった具合だ。
◇デザイナーの感性と縫製技術
吉田カバンの製作システムも独特だ。吉田カバンには、カバンの商品企画、素材選定などを行うデザイナーは11人いるが工場はない。縫製は独立した匠の職人と契約を結び、デザイナーと職人がとことん語りあって1枚の皮や布の使い方、ポケットの位置や作り方、縫製の方法、見た目の状態などの詳
細を決めるという。職人と対等の立場で一緒にカバンを作っていくことが基本方針で、職人には一定水準以上の腕を要求するし、よい職人が枯渇しないよう吉田カバンの中からカバン作りを希望する社員には職人に弟子入りさせて最終的に独立することも認めている。
吉田カバンは1935年創業で、現社長の吉田照幸氏の父・吉蔵氏が自ら作ったカバンを売り始めたことからスタートしている。70年余の歴史の中で2010のパーツを職人技で美しく縫いあげる技術や、1枚の生地から立体的な二つのポケットを作ったり、へりの部分を巻き込んで糊(のり)付けする「へり返し
」や菊の模様のように端の部分を一つのデザインに変えてしまう「菊寄せ」などの匠の技術がいろいろな部分に盛り込まれているのだ。
◇取り扱い店は全国と海外に800店
現在の吉田カバンの取り扱い店舗は約800店、海外を含めたオンリーショップは約15店。今後は子供向け、高齢者、バリアフリーに関係したバッグ、スポーツバッグなど対象の幅を広げたいとしている。吉田社長は人気の秘密について「よいものをつくる。常にゼロから成し遂げる努力をする。人間の心を忘
れない--などを基本とし、決して手を抜かず“一針入魂”の精神を忘れず、同時に時代のライフスタイルにあわせたものを創造していきたいと考えている」という。吉田カバンの価格の多くは2万~5万円程度の支払いで買えるので、欧米のブランド製品とはデザインも購買対象も製造システムも全く違う“日本
型ブランド”といえる。今後増え続けるアジアの中間層(現在、可処分所得50万~350万円層で8.8億人)をつかまえる可能性が高く、日本発の日本ブランドとして人気を博していくことだろう。
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