ID :
13231
公開日 :
2009年 9月15日
タイトル
[海外で高まる「BONSAI」熱
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新聞名
nikkei BPnet
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元URL.
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090915/181307/
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元urltop:
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写真:
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20年ほど前にロンドンの街角で見かけた、花屋の店先の小さな盆栽。そこに「BONSAI」と書かれてあって驚いた。そのころ、すでにヨーロッパでも一定の盆栽愛好家がいたのだ。そして、現在では広くヨーロ
ッパからアメリカ、アジアにも、日本の盆栽、BONSAIが根付いている。海外からは日本の有名盆栽作家へ講演や指導のオファーが相次いでいる。中でも江戸川区で盆栽美術館を主宰する小林國雄さんの元へは、講演依
頼のほか、個人やツアーで、または取材で毎日のように外国人が訪れ、弟子入りする人も後を絶たない。
盆栽の美を追求する盆栽美術館
盆栽作家・春花園B0NSAI美術館館長
小林 國雄さん
大通りから1本入ると現れる、土壁に覆われた一角。檜皮葺きの門を入ると、800坪の敷地の中には、数寄屋造りの母屋の前に広がる庭に、見事な盆栽の鉢が所狭しと並べられている。そこで盆栽に水を与えていたの
は、ドイツから来日して約1年半になる住み込みの弟子、ヴァレンティン・ブローセさんだ。
ここは、江戸川区にある「春花園BONSAI美術館」。2002年の春に、盆栽作家の小林國雄さんがオープンしたものだ。
小林さんは、盆栽作家がその腕を競う中でも最高峰となる「日本盆栽作風展」の最高賞、内閣総理大臣賞を4回受賞したほか、9部門のうち8部門で受賞。サツキの世界でも数々の賞を受賞している実力派だ。
そんな小林さんの元へは海外から講演の依頼が絶えない。1996年にイタリアを訪れて以来、毎年、海外での講演に出かけ、今では年に7~8回という忙しさだ。
春花園B0NSAI美術館
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「春花園BONSAI美術館」は、小林さんが私財10億円を投じて作った盆栽の美術館。その額に驚かされるが、建築を見ると納得する。各部屋には盆栽を飾るための床の間が15ヵ所も設えられ、廊下のコーナーも盆栽を
飾る場所だ。まさに盆栽を飾ることだけを考えて建てられたもの。しかし、見事な柾目の杉を多用し、中には大きな屋久杉を使って船底天井(中央が少し高くなっている)に仕上げた部屋や茶室など、日本建築の粋を集
めて造られている建物自体も一見の価値がある。
「東京という場所柄、周りはコンクリートの家やビルばかり。私は時代に逆行しようと思った。本物を作りたかったんだよ」
それは、ヨーロッパなどへ招かれたことで、さらに確信を得たようだ。
「海外に呼ばれて、最初のころは、ヨーロッパの人に盆栽とか日本の文化、ましてや侘び寂びなんか分かるのかな、という思いもあった。でも、行ってみたら、どこも歴史を大切にして現代に生かして暮らしている。向こう
は石の文化だけど、日本なら木の文化でしょ」
各国で高まる盆栽の人気
中国で墨絵に見られるような山水を盆の中で楽しむために生まれたものを起源とし、平安時代末期から日本の風土や精神に合わせて磨かれていったとされる盆栽。現代では、何種類もある盆栽鋏や剪定鋏、のこぎり、
専用の彫刻刀、針金ほか、時にはチェーンソーも使い、数カ月から数年かけて、求める形に整えていく。素材となる木は、何人もの作家の手を経て形作られ、数百年、1000年以上も経ったものもある。また、山や崖など、
自然の中で生えていた木を採ってきて使うこともできる。
一番の出世作という「青龍」。樹齢600年の黒松で、1999年の日本盆栽作風展で内閣総理大臣賞を受賞した
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盆栽は世界的にもBONSAIと表記され、場所によっては「ボンザイ」と発音される。40年以上の歴史を持つアメリカの盆栽協会や、30年近い歴史を持つヨーロッパの盆栽協会が、世界規模では世界盆栽友好同盟がある
。また、イタリアには日本にもない盆栽の専門学校まである。
4年に一度行われる世界盆栽大会は、1989年に埼玉県で第1回が行われたのを皮切りに、今年、2009年7月のプエルトリコ大会で6回目を数えた。
小林さんは語る。
「欧米では、盆栽はアート、命のある、変化するアートとして捉えられてる。絵や彫刻はできたらそこで終わるけど、盆栽は生きていてどんどん変化していく魅力がある。特に、イタリアやスペインの盆栽熱はすごいよ。
技術や感性も日本に匹敵する。最近では、台湾や中国に愛好家が増えてきている」
中国では急激な経済発展を背景に、富裕層に注目されているようだ。
なぜ盆栽がアートに成り得るか。
「人の感性と技術で作るものだから。同じ鉢植えでも園芸と盆栽の違いはそこなんですよ。同じように植物を鉢に植えるわけだけど、園芸は自然な葉の美しさ、花の美しさを鑑賞する。だから、よく成長するように鉢の
真ん中に植え、元気にするために水や肥料を適当な範囲でたっぷり与える。だけど、盆栽は、例えば端っこに植えてその空間を楽しむ。侘び寂びを求めていくから、水や肥料もそんなに与えないで、かろうじて生きてい
るところに美がある」
その美の感覚や形が、外国の、特に欧米の人たちにとっては新鮮なのだ。
さまざまな国から集まる弟子たち
常時、4~7人が住み込みで修行の日々を送り、これまで、70人ほどの弟子を育てたという小林さん。その中には20数人の外国人の弟子がいる。
ヨーロッパを中心にいろいろな国から訪れるが、最も多いのはイタリアやスペイン、台湾から。観光ビザで入国できる(相手国によって異なるが)3カ月のコースを取る人が多いという。本業を休んで来る人や、3カ月コ
ースで何度か訪れる人もいて、すでに4人の外国人から来年の予約が入っている。もちろん、日本在住で、日本人と一緒に週1回のクラスに通う人もいる。
数カ月前に一人がスペインに帰ったところ。現在、ドイツ人のブローセさんと日本人3人の4人が住み込みで修行中だ。
外国人としては一番弟子で最も長い6年弱修行したのが、現在、イギリスに戻り、盆栽作家として活躍しているピーター・ウォーレンさん。2008年にはヨーロッパ盆栽大会で最優秀賞を受賞した。作品はローズマリー。
ハーブのローズマリーを盆栽に、とは意外な気もするが、欧米の盆栽の世界では一般的で、オリーブの木なども使われるという。
「今、ヨーロッパでは床飾りがすごく人気があるんですよ。床の間の盆栽と飾りの組み合わせ。例えば、盆栽と鉢と卓と掛軸と添配(てんばい/小物の置き物)。この選び方や配置、バランス、季節によってどういう飾り方
をするかを学びたいという。今までは技術だけだったのが、精神的な方に来たんです。テクニックから心で楽しむっていうところに来ているんです」
(左)見事な真柏(しんぱく/真柏は盆栽での呼び名で、正式名称はミヤマビャクシン)の「雲龍」を中心とした床飾り。掛軸は横山大観の「日の出」、脇床には添配に青磁の観音。鉢や卓を含め、選び方と配置がセンスの見
せ所だ (右)添配のコレクションの一部
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「景道(けいどう)」と呼ばれる床飾りの作法があり、技術と共に、その飾り方を学びたいのだという。そんな生徒のためにも、15カ所ある床の間は実践として、とても勉強になる。
「去年、イタリアに呼ばれて行った時に展示会を見たら、各ブースで床の間を作って飾り付けしていたんです。ブースの担当者に『直して下さい』って言われたけど、直す必要なんかないほど、ちゃんとできている。そ
れほどレベルが高いんです」
訪れる度にレベルが上がっているのを目の当たりにして、海外の盆栽作家の熱心さに感心しきりだ。
盆栽を生きたアートと捉える若者たち
ドイツから来たヴァレンティン・ブローセさんと。現在いる弟子は4人で、この日は3人が外の仕事に出ていた
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盆栽といえば、高額で世話に時間と手間がかかることもあり、日本ではお金持ちかリタイアした人たちの優雅な趣味と捉える向きが多い。しかし、海外では、まったく逆だ。
小林さんの元に学びたいと集まるのも、20代後半~30代が多いという。弟子修行中のブローセさんも言う。
「日本に来てびっくりした。向こうでは盆栽は若い人が憧(あこが)れるアートの一つ」
ブローセさん自身も、盆栽との出合いは、11歳の時に母親がクリスマスマーケットで買ってくれたものだという。興味をもったものの、その当時は情報も少なく、大学卒業後は庭師として4年勤めた後、やはり盆栽が忘れ
られずに来日して修行する道を選んだ。
「インターネットで日本の盆栽作家の情報をいろいろ見て、自分の好きなタイプの木が多かったので、ここに来ました。少なくとも3年、可能なら5年はいて勉強したい。修行を終えたら、ドイツに戻って盆栽を作って売っ
たり、日本との貿易などをしたい」と話す。
今は、同僚と合宿生活。食事も親方や同僚と一緒で、厳しいながらも楽しい日々で、日本流の内弟子修行にもすっかり馴染んでいる様子だ。
「まず、盆栽が好きであることがいちばん大切。外国からわざわざ来る人はその気持ちが強いし、限られた期間だから真剣だよね」
弟子たちの真剣な姿に目を配り、時に厳しく、しかし温かく鍛えている。
次回は、盆栽をはじめた経緯や最近の活動をお伺いします。