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ID :  4574
公開日 :  2007年 8月27日
タイトル
[甦れ!平泉柳の御所跡のしだれ桜(7) 平泉で世界遺産への最終調査はじまる
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新聞名
JanJan
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元URL.
http://www.news.janjan.jp/area/0708/0708271389/1.php
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元urltop:
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写真:
 
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 いよいよ、本日8月27日(月)より、平泉においてイコモス(国際記念物遺跡会議)の調査が始まった。調査の目的は、言うまでもなく、昨年暮れにユネスコ世界遺産委員会に提出された日本政府の推薦書の 記述が正しいものかどうかの現地調査である。
 調査日程は、8月27日(月)に中尊寺→長者ケ原廃寺跡(衣川)。翌28日に骨寺村荘園遺跡(一関)→達谷窟→柳之御所遺跡→白鳥舘遺跡(前沢)。29日に無量光院跡→金鶏山→毛越寺の順となる模様だ。調査レポー トはユネスコ世界遺産委員会に来年の5月頃に提出され、来年7月にカナダのケベックで開催される世界遺産委員会で登録の運びとなる見通しである。
  高館橋から束稲山を望む(07年8月13日 佐藤弘弥撮影) 1 平泉の遺産の現状を過不足なく開示説明すること  今回調査にやってきたジャガス・ウィーラシンハ調査員(考古学者でスリランカ。ケラニア大大学院上級講師)が、同じ仏教国のスリランカの人物ということで、欧米出身の人物ではないということで、ほっとしている向 きがあるようだが、とんでもないことである。
 日本の大乗仏教は、インドからカラコルム山脈を越えて中国から日本に伝わった北伝仏教である。中国の仏教寺院は木造であり、その伝統は、日本にも伝わって、寺院も仏像も基本的には、木造文化として継承発展、 日本化した宗教文化である。
 それに対して、南インドからセイロン(スリランカ)、ビルマ、タイ、カンボジアと伝播していった南伝仏教は、石造りの寺院、ストゥーパ(仏塔)が多いのである。すると同じ仏教国でアジアの一員だから、浄土思想にも理 解があるはずと思うのは危険な発想である。
 今年すんなりと登録されると思われた石見銀山であったが、イコモスは遺産自体の真正性の証明が不十分であるとして登録延期をユネスコ委員会に勧告した。年々増加の一途を辿る遺産登録ラッシュの流れにイコモ スがストップ掛けた形だ。現在世界遺産は世界で851にも上り、イコモス委員の一部には管理上これを抑制すべきとの意見もあるようだ。今年の石見銀山では、最終的に日本政府が100ページに渡る膨大な反論書を提 出して、威信をかけての猛烈な巻き返し外交を展開し、イコモスの勧告を撥ね付け、最終的に登録の運びとなったものである。安易な遺産登録を排除するというイコモスの姿勢は、平泉においても適用されるだろう。
 大切なことは、現在の平泉が完璧な遺産の管理状態ではないことを、包み隠さずに正しく伝えることだ。その上で、今後この文化遺産をどのように修復し、全世界の人類共通の文化遺産として継承していく意気込みとタ イムスケジュールを明確に示すことである。
 くれぐれも勘違いしてならないことは、ユネスコ世界遺産は、過度な開発によって、人類共通の遺産が無くなってしまうことを防ぐ目的で出来上がった国際条約である。それは国の見栄や観光のための条約では断じて ないということだ。
  イコモスが来るというのにこの柳の御所跡の工事現場のごとき様相は異様だ(同日 佐藤撮影) 2 景観の修景と遺跡復元のあり方  さて、今回のイコモス調査員に、平泉の遺産登録関係者は、発掘調査と平泉バイパス工事で、惨めなほどズタズタになった平泉の政庁「柳の御所跡」をどのように説明するのだろう。かつて、農家のイグネが点在し、美 しかった田園風景は消失し、ほぼ20年にも及ぶ発掘調査の深い傷痕は拭いようもない。所々青いシートに覆われる中に、ただ一本大河北上川の辺の旧家の軒先にあったしだれ桜が、残って瀕死の様相で立っている。こ の悲しいほどに荒(すさ)びきったコア・ゾーンの現実を、関係者はどのように修復し、美しい景観を甦らせると言うのか。
 更に無量光院の跡に目を転じて見よ。かつてここには、奥州藤原氏三代藤原秀衡が、京都宇治の平等院鳳凰堂を摸したと言われる荘厳華麗な鶴翼の御堂が、金鶏山と関山中尊寺を借景として東向きに聳えていた。当 時、中島から正面に、新御堂(しんみどう)と呼ばれていた無量光院を望めば、毎年春分の日には、日輪が金鶏山に没するように設計されていたと伝えられる。これは「日想観」(にっかんそう)と言って浄土教典「観無量寿 経」に説かれている観想法だった。それは西に没する太陽を見ながら、西方にあるという極楽浄土をイメージするひとつの修行だった。しなしながら、今日、平和を祈願して造営された聖都平泉のランドマークとも言わ れる金鶏山をよく見れば、高圧電線の鉄塔という不釣り合いな人工的構築物が否応なく目に入るのである。これをどのようなタイムスケジュールで取り払うか、待ったなしの対応が必要だ。
 かつて奥州の王者と呼ばれた藤原秀衡は、この御堂に籠もり、初代清衡(祖父)、二代基衡(尊父)の遺骸を納めた金色堂に向かって、中尊寺落慶供養願文に込められた平和への祈りを唱えていたと思われる。
 ところが今、そこには、東北本線の線路が斜めに突っ切ってしまっている。その後、野火によって消失した無量光院は、再建されることのないまま、平泉を引き継いだ住民たちは、己の無力を悲しみながら、せめてもこ の聖なる地の形状を未来に伝えようと、中島の形状と鶴翼の御堂の礎石をそのまま残して水田としたものである。七年前に世界遺産候補となると、発掘調査が始まり、二年ほど前には、水田は消え、町民たちの住宅は、 移されて寒々とした景色が拡がっているのである。
 もしもこの礎石と中島の形状を生かし、無量光院を再現することになるとしたら、安易なことは許されない。この御堂の四面には、観無量寿経の大意を表す絵が描かれ、秀衡自ら筆をとって生命の尊さを表現するため に描いたとも言われる狩猟の図があったとされる。そのことの意味を十二分に考慮し、東北線の線路の地下化なども含めて、平泉文化の精神の復興となるような本格的な復元が求められる。
  高館への参道下に存在する変電所と鉄塔(同日 佐藤撮影) 3 コア・ゾーンばかりでなくバッファゾーンの修景も必要  無量光院の前を100mほど北に行くと源義経の居館跡とも伝わってきた高館の参道に着く。新しい階段が造られ、曲がりくねっていたものが、真っ直ぐになった。しかし問題なのは、東北電力の変電所が存在しているこ とだ。おそらく世界中の世界遺産で遺跡の真ん前に、このような施設がそのまま移設されることもなく存在している例は皆無だろう。
 昨年より、高圧電線の鉄塔と共に、景観問題として大きく新聞などにも取りあげられてきたが、何分にも予算の捻出をめぐる思惑もあって、東北電力と県の教育委員会との話しはまるで進んでいないようだ。
 幸いこの高館は、コア・ゾーンではなく、バッファ・ゾーンということで、今回のイコモスの調査員に対し、この変電所付近は案内せずに済ます予定のようであるが、高館は本来柳の御所跡と一体となっている聖地である 。この地はまた俳聖松尾芭蕉が、平泉で真っ先にやってきた平泉第一の景勝地であることを忘れてはならない。芭蕉は、この高殿に佇み義経主従の悲劇的最後を悲しんで「夏草や兵どもが夢の跡」と詠った。この句は今 や、中尊寺金色堂で詠った「五月雨の降りのこしてや光堂」と共に、ドナルド・キーン氏の名訳(:The summer grasses- For many brave warriors The aftermath of dreams)によって世界中の人々の知るところとなったのである。
 ところが、平泉バイパスというコンクリートの道路が、柳の御所跡を掠めて、高館直下を南から北に斜めに走ってしまい、その美しい歴史的景観は台無しになってしまった。関係者は植栽によって、この開発の傷を隠そう としている。しかし大河北上川を東に100mほど移動してまで行った平泉バイパス工事については、これを本当に造る必要があったかどうかについて、今後適切な時期に歴史的な検証がなされるべきだと思うのである 。
4 平泉の平和思想をもっとイコモス委員に説明すべきだ  ユネスコ世界遺産の推薦書を読むと、平泉という都市が造営されたことについて、前九年・後三年の役(1051-1087)という大戦争との因果関係が必ずしも明確にされていないことが何としても気になる。政府が書 いた推薦書は、遺跡個々の説明としては、まずまずかもしれないが、歴史的な意義が明確にされていない。浄土思想は降って湧いたように、奥州平泉にもたらされたものではないはずだ。
 平泉の文化に根強く存在する浄土思想は、ほぼ40年間に及ぶような東北全土を戦禍に巻き込んだ戦争がもたらしたものと言ってもよい。初代清衡は、戦禍に傷ついた人々の心や山河を憂い、これを浄土思想というも ので、根底から置きかえようとしたと考えられる。だとするならば、もう少し、例えば衣川地区における安倍氏時代の古戦場や伝承地を含め、戦争がどのようなものであったか、「陸奥話記」(むつわき)や「前九年・後三年 絵詞」などの古典を引用して説明すべきである。その上で、清衡が起草させた「中尊寺落慶供養願文」の歴史的意義を紹介すれば、この平泉の精神文化というものが、いかに先験的な平和思想に裏打ちされた文化であっ たかの証明となるはずであった。
 その意味では、昨年暮れにユネスコ世界遺産委員会に提出された推薦文の欠落部分を、この3日の間に、スリランカのイコモス委員ジャガス・ウィーラシンハ調査員に繰り返し説明することが大事だと思うのである。++ /div++