ID 15455
登録日
2010年 3月24日
タイトル
恩返しの桜植樹
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新聞名
読売新聞
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元URL.
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/news/20100324-OYT8T00142.htm
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元urltop:
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写真:
写真が掲載されていました
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金沢区の柴山さんかつての名所・桜木町で「並木復活を」 がんとの苦しい闘いを支え続けてくれた桜並木――。かつて桜の名所として知られたJR桜木町駅周辺に、そんな生命力にあふれる桜並木を復活
させて、多くの人に癒やしと活力を与えてあげたい。3年前から抱き続けてきた夢の実現へ向け、横浜市金沢区の画家柴山静穂さん(68)が24日、同駅前に2本の桜を植樹する。
柴山さんが胃がんと宣告されたのは2007年1月。あと半年発見が遅ければ手遅れだった。約10時間にも及ぶ手術に耐え、胃や胆のう、脾臓(ひぞう)を全摘出した。65歳の誕生日を病院で迎え、もしもの時のために、
手帳に遺書もしたためた。
手術は成功したが、主治医から「5年間は再発の可能性が高い」と言われた。今も2か月半に1度、通院している。あまり食事を取ることができず、体重は20キロ近く減った。
つらい闘病生活の中で、「人が死ぬのはあっけない」と気持ちが弱くなっていた時、通院途中の近所の公園にある桜並木が目に入った。つぼみから二分咲き、そして満開へ。花が芽吹き、咲き誇る様を見上げているうち
に、生きる力がわいてくるのを実感した。
「自分を励ましてくれた桜で、多くの人を癒やせないだろうか」。そう考えた時、中学、高校の通学路にあった桜木町駅の景色が頭に浮かんだ。「なぜ桜木町という地名なのに桜が少ないんだろう」。画家仲間に尋ねると、
郷土史の文献のコピーを見せてくれた。
文献には、現在の桜木町から東京・汐留の間で鉄道が開通した1872年から1915年頃まで、近くの桜木川(当時)沿いには桜並木が続き、伊勢山や掃部山の桜とともに1枚の絵のようだったと書かれていた。柴山さん
は、その景色を復活させようと決意した。
道のりは険しかった。2007年5月、当時の中田宏市長あてに手紙を送り、桜の苗木100本を寄付するので植樹場所を探してほしいと依頼した。市は「前向きに検討する」としたが、その後、返答はなかった。
08年7月に画家仲間ら約60人で「桜木町に桜の木を植える会」を発足。「記念樹でもいいから」と市に再提案したが、09年5月に届いたのは「駅前の再整備計画が確立していない」「毛虫が頻繁に発生する」という後ろ
向きな回答だった。
地道な活動が実り、許可が下りたのは同年10月。同駅から海に向かって約200メートル離れた市有地2か所に、ヨコハマヒザクラ2本を植樹できることになった。
24日は正午から、市内の中学や高校の生徒ら約20人が植樹を行う。「いつの日か三渓園、大岡川、伊勢山の桜をつなげて桜ロードをしき、次の世代に引き継ぎたい」。柴山さんの夢は大きく膨らみ始めた。
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