ID 471
登録日 2006年 3月 7日
タイトル
山の中の小さな春
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新聞名
nikkeibp.jp
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元URL.
http://nikkeibp.jp/style/life/joy/yakushima/060306_haru/
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元urltop:
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写真:
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いよいよ3月。南国屋久島には、まだ冬と春が共存している。里では菜の花やアオモジなどが、あちらこちらで春の様相を呈し、南部の温暖な地域では、山桜も咲きはじめている。前回「木の芽流し」について
話をしたが、今もまだ続いている。我が家から見える前岳の、冬の間は濃緑だった山々が、少しずつまばらに、新緑の明るいグリーンに上塗りされていく。毎朝どれだけ塗り進んだか、確認するのが楽しみだ一方、山へ入るとまだまだ冬の空気感が漂い、山頂帯には雪が溶け切らないまま、寒々とした白い風景を残している。それでも小さな春が見つけられないかと、いつもの森を歩きに行った。ところが、そんな日に限って寒
くなるもので、強い冬型の気圧配置により、それまでの暖かさが嘘のように、里も山も一転して冷え込んだ。前日の天気予報では晴れのはずだったが、里にはパラパラと、冷たい雨が落ちていた
標高600mほどの森の入口までやって来ると、山は一段とどんよりしていた。クルマから降りると、思いのほか寒い。冬に雪の森を見に来たときと同じ空気感だ。それもそのはず。いつの間にか、雨は雪に変わっていた
この日の僕のお目当ては、「オオゴカヨウオウレン(大五加葉黄蓮)」。キンポウゲの仲間で、屋久島だけに見られる固有種だ。特徴的な葉はよく目にしていたが、花を見たことはまだなかった。可愛らしい小さな草花で、
森の中の苔むしたところに、苔たちと一緒になって、よく紛れている。屋久杉の巨木が立ち並ぶ壮大なスケールの森では、うっかり見落としてしまいそうなほどに小さい。2月の中旬頃から白い花を咲かせ、島の人はこの
花が見られるようになると、春の訪れを感じるそうだ
小雪が舞う中、さらに冷たい空気の行き交う沢沿いの道を、歩き始める。入口から間もない場所にある苔むした樹肌に、たった一輪、それは咲いていた。ほんの小さな空間にも、雪と小さな白い花、冬と春が共存していた
。もっと山の上にも、小さな春は訪れているだろうか。好奇心のおもむくまま、さらに歩を進める。
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