v10.0
- ID:
- 27927
- 年度:
- 2013
- 月日:
- 0618
- 見出し:
- [ならヒト]吉野の木に命吹き込む
- 新聞名:
- 読売新聞
- 元URL:
- http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/news/20130617-OYT8T01335.htm
- 写真・動画など:
- 【写真】
- 記事内容
- 吉野特産のスギやヒノキに字を彫り、木と融合した立体的な作品づくりに取り組む川上村在住の書家・土井一成さん(51)が、県内では初の個展「書と木彫 游(ゆう) 土井一成展」を26~30日、奈良市登大路町の県文化会館で開く。吉野の林業を支えてきた「山守(やまもり)」の長男として生まれた土井さ
んに、書と木の魅力を尋ねた。(聞き手・柳林修)
Q 3回目の個展、奈良では初めてです。
個展は2006年と10年、大阪・北浜で催しました。「奈良でも開いたら」と声をかけていただき、彫刻刀を使った約60点と、チェーンソーで彫った作品など計約80点を展示します。入場無料です。
Q 本職は林業ですね。
実家は代々、山の所有者に代わって森林を管理・保護する山守で、今は父が務めています。私は高校卒業後、大阪で会社勤めをしていましたが、「将来は継ごう」と1988年、古里に戻りました。
現在は川上村の北村林業筏場(いかだば)事業所で林道の建設にあたり、スギやヒノキの管理・搬出もしています。現地は、大台ヶ原ドライブウエーの麓にあり、標高は1300メートル。見事な植林で、車もなかった昔の人が、よくここまで登って植えてくれたと、感謝と尊敬の念を覚えます。
Q 書を始めたきっかけは。なぜ、木に字を彫るようになったのですか。
小、中学校では習字が大好きで、いつも一番でした。展覧会では特選。字が上手だった祖父のおかげかな。
大阪で勤めていた約30年前、「何か趣味を」と書を始めました。親類のつてで、奈良市の書家の先生に25年間師事し、1993年頃、字を木に彫る書があることを知って、「立体的で面白い」と手がけるようになりました。
Q 使う木は、吉野のスギやヒノキにこだわっているそうですね。
吉野のスギやヒノキはともに育った体の一部のようなもの。年輪の細かさ、木目の美しさ、木肌のぬくもりや香り。素晴らしいですよ。
仕事柄、自分で調達できるし、捨てられる部分から作品に使える木を見つけ、字を彫って新たな命を吹き込む。それが喜びですね。地場産業の活性化にもつながるのではと思っています。
Q どのような作品か教えてください。
字を書いた紙を、木に貼って彫ります。大切なのは筆圧や筆順を表現し、伝わるようにすること。墨をたくさんつけて力を入れた部分は深く、力を抜いてかすれたところは浅く彫り、生き生きとした字にします。
すると、美しい木目や色合い、香りの中で字が輝いてくるんです。木と私の心が通じ合い、木に助けてもらって作っているというのか。書には「刻字」という分野がありますが、筆圧や筆順がわかる点で違っていると思います。
Q 今回の個展に向けた思いは。
作品を、じっくり見てほしい。彫りの具合や木肌、字を塗った岩絵具の色合いを確かめてください。木の香りが見る人の心を洗い、癒やしてくれると信じています。
◆取材後記◆ 工房は吉野スギを使った山小屋風の建物。ここで毎日3時間、紙と木に向き合います。力強く、温かみにあふれる字。何度か見れば、土井さんの作品とすぐわかります。
16日、母惠美子(えみこ)さん(77)が病気で急逝しました。「個展を楽しみに、ずっと応援してくれていました。これまで支えてくれて、本当にありがとうと言いたい。記事が載ったこの新聞を手向けます」と振り返っていました。
..