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- ID:
- 31852
- 年度:
- 2014
- 月日:
- 1124
- 見出し:
- 『イチョウ 奇跡の2億年史』 ピーター・クレイン著
- 新聞名:
- 読売新聞
- 元URL:
- http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20141117-OYT8T50271.html?cx_text=04&from=ytop_os_txt2
- 写真・動画など:
- 【写真】
- 記事内容
- たびたびの試練に耐え
むかしのこと、覚えていますか。見あげる神社のいちょうは、きいろに熟れて実を落とす。
サー・ピーター・クレイン博士は、英国王立キュー植物園々長をへて、米国イェール大学の林学・環境科学部々長に選任。古生物学、生物多様性の研究により、サーの称号を授与された。
イチョウは二億年まえに誕生し、世界中に分布した。そののち気候の異変で、たびたび危機にさらされる。ヒトの出現する大氷河時代は絶滅寸前、なんとか中国南部の谷間で生きのびた。イチョウは、恐竜が消えるほどの窮地を耐えた。
ヒトによる栽培がはじまったのは、千年ほどまえ。中国から朝鮮をへて日本に入ると、長崎出島でオランダ人の手に渡り、いちど絶えたヨーロッパ、そして世界各地へと復活する。
雌雄が別の個体でいること、二億年を生きのびながら、進化の変化がほとんどないこと。イチョウは、多くの研究者に関心を持たれている。
二億年の旅路は、世界中で発掘される葉っぱの化石が語る。樹齢をかさねた木のある日本の研究は早く、1896年、小石川植物園の平瀬作五郎氏が、世界で初めて泳ぐ精子を発見した。
最新の遺伝子科学、宗教、ゲーテの詩、古今東西の美術工芸、鶴岡八幡宮の大いちょうの史実検証。葉のエキスは、記憶力をよくする効果も期待されている。じつにさまざま研究がある。結論を焦らず正しい過去を手渡していく研究史は、大樹を慕う人類の家系図のようだった。
……長大な時間の尺度は私たちに、急ぐ必要のないことを思い知らせる。樹木は私たちをスローダウンさせ、我慢することの大切さに気づかせる。
博士は、日本を訪れ、茶碗ちゃわん蒸しのなかの銀杏ぎんなんを楽しみつつ、専門分野の垣根を越える研究を深められた。二億年に渡る壮大な伝記は、学術書でありつつ、隣人に対するような敬意と親愛にあふれている。矢野真千子さんの翻訳は、博士のお人柄をあたたかく伝えている。
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