ID : 1849
公開日 : 2006年 10月17日
タイトル
雨にかすむブナの山々(白神山地(しらかみさんち)=秋田)
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新聞名
読売新聞
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元URL.
http://www.yomiuri.co.jp/tabi/domestic/japan/20061016tb02.htm?from=os1
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元urltop:
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写真:
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薄暗いのは、雨雲のせいだけではない。うっそうと茂る木々が、日光を遮っているのだ。ブナの葉に降り注いだ雨が枝を伝って集まり、滝のように幹を流れ落ちていた。
「樹幹流(じゅかんりゅう)って言うんですよ。こうして自分の根元に水を集めてから吸い上げるんです」。白神山地世界遺産センター藤里館の斎藤栄作美(えさみ)さん(57)が、そう言って水流に手を浸した。
白神山地は、秋田、青森にまたがって広がる総面積約13万ヘクタールの山岳地帯。そのうち1万6971ヘクタールが世界遺産に登録されている。ここ岳岱(だけだい)自然観察教育林は、世界遺産地域内ではないが、12ヘクタールにわたってブナの原生林が保存されている。
コケをまとった岩があちこちに転がり、樹齢を重ねた大木が根をくねらせながら立つ。白神のブナ林は、映画「もののけ姫」の舞台のモデルとしても知られるが、原始的で荘厳な雰囲気は、確かに強烈なインスピレーションを与えてくれそうだ。
樹齢400年ともいわれる巨木の幹が、大きくえぐれていた。傍らの地面には、幹とほとんど同じ太さの枝。「ブナは欲張りでね。分不相応な太い枝を伸ばすから、強風で折れたんです」。おかげで、そばの若木に日が当たるようになったのだという。森の中では、こうして世代交代が繰り返されていくのだろう。
雨脚は強さを増していたが、世界遺産が見たくて、標高1086メートルの二ツ森山頂を目指した。林道の終点で車を降り、登山道を上ること40分。運動不足の身でもなんとかたどりつけた。この手軽さと世界遺産地域を一望できるのが魅力で、狭い山頂に人がひしめいていた。
晴れた日のような鮮やかな景色は望めなかったが、折り重なるように連なる山々を霧が包み、遠のくほどに白くかすむ様が美しかった。
眼下は、立ち入りが禁じられている地域。深い渓谷が入り組んだ険しい地形が人の進入を拒み、世界的にもまれなブナの原生林を守ってきたのだという。
◎
この辺りは、ブナと並んで秋田杉が有名だが、さらにもう一つ、よく知られている樹林が、能代港近くの「風の松原」だ。
日本海からの厳しい風を防ぐため、人々が江戸中期から植林に励んできた。今では、最大で幅が1キロの緑の帯が、14キロにわたって海岸線を覆っている。強風の前に立ちはだかり、斜めになってふんばるクロマツの姿は、なんだかけなげでもある。地元の住民が「風の松原に守られる人々の会」というグループを作り、保全活動に取り組んでいるというのもうなずける。
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地元でしか買えないお酒があると聞いて、古いトンネルを利用した貯蔵庫を訪ねた。元々は旧国鉄の奥羽線が通っていたが、使われなくなった後に能代市の「喜久水酒造」が買い取り、9年前から内部で日本酒を熟成させている。「数か月間寝かせると、酒の味がまろやかになるんです。中の温度は、常に14度前後。エアコン不要で電気代も節約できます」と代表社員の平沢喜三郎さん(57)は、自身のアイデアに満足そうだ。
入り口近くには、木の札がたくさんかかっている。客の依頼で保管している酒の種類や本数が書かれているのだ。「『今年生まれた息子が二十歳になったら、一緒に飲むんだ』なんて方もいるんですよ」
酒の次は料理と、能代市内の郷土料理店へ。出てきたきりたんぽ鍋には、能代山本地域の名物「だまこもち」が顔をのぞかせていた。ご飯をついて、ゴルフボールよりやや小さく丸めたもの。焼いていないので、きりたんぽのような香ばしさはないが、やわらかくて比内鶏のスープがよくしみこんでいる。
小鉢で何杯もおかわりしたら、気を良くした店主がブナの苗木をプレゼントしてくれた。高さ20センチほどしかないが、2年かけて種から育てたそうだ。
鉢植えをスーツケースにくくりつけて持ち帰ったものの、東京の狭いベランダでどこまで育つやら。大きくなったら、もう一度、白神に足を運んで山に返そうか。(飯田祐子)