ID : 11182
公開日 : 2009年 6月 2日
タイトル
バイオ燃料狂想曲の教訓
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新聞名
nikkei BPnet
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元URL.
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20090529/101507/?P=1
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元urltop:
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写真:
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経済危機が襲うまで、世界はバイオ燃料ブームに沸いた。カーボンニュートラルをうたい文句に、地球温暖化抑止に貢献する燃料というふれこみだったが、現実は森林破壊や食料価格の高騰を招き、地球環
境や貧困国の経済に打撃を与えた。実は、バイオ燃料の世界的増産には、中東の石油依存に危機感を抱いた米国のエネルギー政策が大きく絡んでいる。環境といえば何でも通るご時世を反映したものだ。
本当にカーボンニュートラルか?
あれだけ大騒ぎしたバイオ燃料は、ブームの引き金となった原油価格が落ち着きを取り戻すとともに熱も冷めてきた。「畑で自前のガソリンがつくれる」「化石燃料に代わる地球にやさしい燃料」ともてはやされたが、化
けの皮もすこしずつはがれてきた。本当に、地球にやさしいのだろうか。
バイオ燃料の原料はバイオマス(生物起源の物質の総称)である。バイオエタノールの原料は圧倒的にトウモロコシとサトウキビだ。バイオディーゼルはナタネ油やパーム油などの食用油。これらのバイオ燃料は、京
都議定書では「炭素中立的」(カーボンニュートラル)として温室効果ガスから除外された。植物は大気中のCO2(二酸化炭素)を吸収して成長するために、バイオ燃料を燃やしたときに排出されるCO2が、成長過程で吸
収した大気中のCO2と相殺されるという解釈だ。
この理屈に丸め込まれて、化石燃料をバイオ燃料で代替すれば、その分のCO2が削減できるという誤解が広がってきた。バイオマス燃料の利用促進のために2006年に閣議決定された「バイオマス・ニッポン総合戦略」
では、バイオ燃料で原油の節減を目的に掲げている。
しかし、バイオ燃料の原料作物の栽培、収穫、輸送、精製などの過程ではCO2が排出される。先進地域の農業は1kcalの作物をつくるのに10kcal相当の石油を投入するほど石油漬けだ。このなかに、肥料、殺虫剤、ビ
ニールシートなど石油製品が数多く含まれている。
「1Lのバイオエタノールをつくるのに、1Lの化石燃料を消費する」という批判も絶えない。楽観的に見ても、バイオエタノールと投入する化石燃料の差し引きのエネルギー量は、せいぜい10~20%しか「得」にならない。
炭素中立的どころかむしろ、CO2の排出を増やしているという試算も、日米など各国の研究者から発表されている。
光合成によって植物のからだになった炭素は、枯れ葉、枯れ枝となって地表へ堆積して土壌を形成し、その後、少しずつ分解されてCO2として大気へ戻っていく。バイオマス起源のCO2は土壌として堆積することなく、
燃焼によって速やかに大気中に放出されるため、CO2の放出という意味では石油と変わらない。
食料市場と競合しない形でバイオ燃料を生産しようとすると、新たに森林や草地を開墾して農地に転換するしかない。森林の消失はCO2の吸収源を減らし、樹木や土壌に蓄積されている炭素を放出し、大気中のCO2
の増加につながる。
進むアマゾンの森林伐採
ブラジルでは、砂糖生産の半分を燃料エタノールに転換している。世界の砂糖生産の10%がエタノールになっただけで、砂糖価格は2倍に高騰した。サトウキビの栽培面積を増やすために、アマゾンでは熱帯雨林やセ
ラード(サバンナ)の開墾が急ピッチで進む。
現在の速さでアマゾンの森林伐採が進めば、2050年までにアマゾンの熱帯雨林の4割に当たる200万km2が消失する恐れがある。ブラジル農業省は2008年7月、ブラジル、パラグアイ、ボリビア3国にまで広がる広大
なパンタナル湿地のサトウキビ畑への転換を禁止すると発表した。ここは生物多様性の宝庫で、世界中から非難が殺到した。
インドネシアでも、バイオディーゼル原料のパーム油の需要が増加して、熱帯林を焼いてパームヤシの作付けが急増している。アブラヤシのCO2吸収力が森林に比べてはるかに低いために、これも温暖化の一因にな
る。
インドネシアのパーム油生産量、隣国マレーシアについで世界第2位。既存のアブラヤシ農園面積の約5倍に相当する2000万haが、今後のアブラヤシの栽培用地として既に割り当てられた。パーム油は、古くから食用油
、石けんなどに利用されてきたが、インドネシア政府は収穫量の40%をバイオ燃料に割り当てる方針だ。
インドネシア政府は生産世界一を目指してスマトラ、カリマンタン島でのプランテーション開発を進めている。国際的環境保護団体のグリーンピースは、首都ジャカルタで、パームヤシ農園の開発を認可した森林省に
抗議するデモを行ったほどだ。
インドネシアの森林には泥炭湿地林が多く存在する。水に浸かった植物の枯れ木や落ち葉はゆるやかに分解され、数千年かけて厚い泥炭層が形成される。農地を拓くために森林が伐採され排水されると、泥炭地は日
光にさらされ、乾燥してスポンジのようになって引火しやすくなる。
近年の泥炭湿地林の急激な破壊とともに、森林火災が毎年のように発生するようになった。乾燥した泥炭層に火がつくと、何カ月、ときには何年も厚い泥炭層が燃え続ける。これも短時間にCO2の増加を招く。
インドネシアの泥炭湿地は、総面積が日本の森林面積を上回る約2250万haもあり、世界の化石燃料の消費量にして、100年分に相当するといわれる炭素が蓄積されている。泥炭層を農地に転換すると、乾燥して分解
され大量のCO2を放出する。オランダに本部を置く「国際湿地保全連合」によると、インドネシアの泥炭地を起源とするCO2排出量は年間約20億tと推定され、うち6億tは乾燥した泥炭の分解、14億tは火災から生じると
いう。
CO2排出量の国別ランクでは、インドネシアは世界で21番目だが、泥炭地からの排出量を含めると、米国、中国に次いで世界第3位となって日本を上回る。泥炭湿地林が本格的に開発されれば、京都議定書による温
室効果ガスの排出削減分を簡単に帳消しにしてしまいそうだ。
政策が生んだ過度な増産
森林や草地を農地に転換した場合、植物や土壌から放出されるCO2の量は、その農地から得られたバイオ燃料がもたらす年間CO2削減量の17倍以上にのぼる。国連食糧農業機関(FAO)は、森林から農地に転換され
る面積は2015年には現在の約3倍、2030年には約6倍に拡大すると推定している。この森林の消失で2015年までに失われるCO2の吸収量を、バイオエタノールによる化石燃料のCO2削減効果で相殺するためには、楽
観的に見ても40~75年かかるともいわれる。
確かに、日本で考えられているように、間伐材や廃材などのセルロースを原料とすれば、食料と競合する心配はない。だが、問題は生産コストが高いことで、バイオエタノール1ガロン生産するのに、トウモロコシなら1.
3ドルだが、セルロースが原料の場合には2.6ドルかかる。現状では生産コストはガソリンの2~3倍になり、経済的には勝負できない。セルロース系原料からバイオ燃料を量産するには、セルロースを効率よく分解して、
でんぷんにする微生物の発見がカギをにぎる。
バイオ燃料は、アラブ産油国への石油への依存度を減らすエネルギー安全保障上の効果や、将来の原油高に備える意味はあるかもしれない。だが、まだコストが高く、1バレル40ドルまで下がった原油価格と競争する
のは難しい。バイオ燃料に、さまざまな政治的思惑が絡み合って、補助金、高関税、税優遇などによって保護されているので原価計算は難しいい。
米国議会は2008年6月に、バイオ燃料の普及を促進するために、7500万ドルを拠出する法案を可決した。バイオ燃料工場の建設費の30%までを補助や融資保証などの手厚いものだ。また、木材、農業廃棄物などの非
食用原料から生産されるバイオ燃料には1ガロン当たり1.01ドルの税控除も決めた。米国のトウモロコシや小麦が原料の場合は、政府の補助金で成り立っていることを物語るものだ。
現在のところ、ガソリンと価格的に対抗できるのは、広大な農地と安い労働力に恵まれたブラジル産サトウキビぐらいだ。日本でもバイオエタノールヘの期待から、沖縄本島や宮古島でサトウキビ農家が活況を呈して
いるが、それも高率の関税や補助金によって保護されているからにすぎない。
ヨーロッパではディール車が普及しているだけに、バイオディーゼルの生産量が大きい。年間約16億ガロン生産されるバイオ燃料のうち、8億5800万ガロンはドイツとフランスの植物油から生産されるバイオディーゼ
ルだ。マーガリン製造者は、原料のナタネ油が政府の手厚い補助を受けるバイオディーゼルに奪われたとして、欧州議会に補助の削減を求めている。