ID : 10961
公開日 : 2009年 3月22日
タイトル
危機の現場:09年知事選を前に
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新聞名
毎日新聞
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元URL.
http://mainichi.jp/area/akita/news/20090322ddlk05010003000c.html
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元urltop:
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写真:
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緊急事業は2カ月で終了「自殺者出ない対策を」
秋田市河辺の県道62号沿い百数十メートルにあるスギ林。落ちた木の枝や雑草を踏み分け急斜面を上って入る。3月中旬のある日、気象台は4月下旬並みの暖かさと報じていたが、地面の一部に積雪が残り、長靴の
底から冷たさが伝わってくる。
ここで午前9時から、8人が枝打ちの作業をしていた。斜面で足場が悪い中、高い部分は高枝用の、低い部分は手持ちののこぎりで枝を切り落とす。機械を使う人はだれもおらず、静まり返った林の中にのこぎりのシュッ
シュッという音だけが響き渡る。
◇ ◇
厳しい経済情勢を受け、県が実施した緊急雇用対策事業の一つ。スギ林の枝打ちのため30人の雇用を県が県林業公社に委託し、2カ月の雇用期間中に県内8カ所に分かれて作業する。
枝打ちは、樹齢が低いうちに余分な枝を落とし、丸太にした際に節ができないようにするのが本来の目的だ。だがこの現場のスギは、枝打ちするにはもう遅いほど育っている。現場の関係者は「県道沿いの景観のため
との理由もあるが、実際は雇用のために作業をつくり出したようなもの」と明かす。
◇ ◇
ハローワークでこの採用を見つけ、秋田市内で1月下旬から作業をしている20代の男性は、高校中退後に飲食業に就き、業種を替えようと県内の鉄工関係の工場で見習いに。だが上司と合わずに辞め、昨年4月から
群馬県にある富士重工業の自動車工場に派遣社員として入った。
リアやサスペンションの組み立て作業に昼夜交代制で従事。作業は何かにつけ正社員優先だった。「『派遣は雑に使っていい』という感じ。不満を言うと『あいつはだめだ』と言われ、人材を育てようという姿勢は感じな
かった」と振り返る。
◇ ◇
当初は生産が好調で休日出勤もあったが、9月の“リーマン・ショック”のころから雲行きが怪しくなり、工場内で「輸出の船が出ない」「残業代がゼロになる」「寮で自殺者が出た」とのうわさが飛び交った。
2カ月ごとの契約だったが、11月以降は更新されなかった。採用時の面接で「急な減産があれば解雇する」との条件を示されていたとはいえ「人を都合よく使いすぎではないか」と憤る。
やむを得ず秋田市の実家に戻り、雇用保険を受けられない不安の中で運送業などを中心に10社近くに求職したが、不況のあおりですべて不採用に。その度に自信をなくしたが、家族の支えで持ちこたえた。
◇ ◇
林業は未経験。1月下旬から始めた枝打ちは、吹雪の中で作業する日もあったが「精神的なプレッシャーがない。体を動かして、次の就職に向けた準備体操にもなった」と前向きに受け止めている。
だがチェーンソーの使用など本格的な林業の技能を学ぶ研修は、30人中12人の枠がすぐに埋まり、受講できなかった。県の雇用期間は間もなく終わる。「この先のことは、何とも言えない。林業にはチャンスがあれば
挑戦したいが、本当の自分の仕事にするにはどうか……」と迷いもある。
県内でも派遣社員の契約が更新されなかったり、倒産、撤退する企業が相次ぐ。
「国や行政にはせめて、自殺者が出ないくらいの対策は取ってほしい」。男性はのこぎりを手に、こうつぶやいた。