ID : 10833
公開日 : 2009年 3月11日
タイトル
荒れる森 見直される個人林家=高知支局
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新聞名
毎日新聞
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元URL.
http://mainichi.jp/select/opinion/newsup/news/20090311ddn005040028000c.html
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元urltop:
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写真:
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地道な手入れ続け
全国で森の荒廃が進んでいる。林業の衰退で間伐などの手入れがされなくなったためで、防災や地球温暖化防止の面からも対策が急務だ。そんな中、森林組合に頼らず森を守ってきた個人林家の存在が見直されてい
る。「森は手入れするほど応えてくれる」。高知県北部の個人林家はそう言って胸を張る。森林率全国一(84%)の同県の山に入り、国土の7割を占め、水や生物をはぐくむ資源となる森林の将来を考えた。
四国の水がめ・早明浦ダム沿いにある森(同県土佐町)。高さ約25メートルの杉がそびえ立ち、葉の間から陽光が降り注ぐ。みずみずしい緑が映える幽玄の森だ。「山の時代がいつかは来ると思っていた。無駄なことは
していないはずや」。いとおしそうに浜口幸弘さん(61)が美しい森を見上げた。
約40年前、ダム建設で先祖代々の山は水没していった。補償金で引っ越す人もいたが、浜口さんは再び山を買う。20代の時、苗木を背負って山に入り、手作業で植えた。消防署に勤務したが、夜勤明けでも森に入り、
木材搬出などに欠かせない作業道を1人で造った。昨年定年退職し、今は約30ヘクタールの森を手入れするため毎日、山通いを続けている。
杉は直径約40センチに育ち、1ヘクタール当たり約3000本あった木も、これまで徐々に間伐して今は約300本の大木に育った。その間は間伐材で収入を得なければならないが、杉の丸太価格は、30年前の3分の1
の約1万円前後に落ち込んでいる。これまでは消防勤めの給料がなければ生活できなかった。「せっかくの資源だから無駄にはしたくない。でも材価が上がらんと山に人は戻ってこん」と話す。
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日本は国土の7割を森林が占める一方、木材の8割を輸入に頼るいびつな構造だ。戦後復興による大量伐採は木材の供給不足を招き、国はかつて杉など針葉樹中心の「拡大造林」を進めた。だが、安い外材の輸入が
自由化されたことで、国産材の価格は昭和50年代をピークに低下する。林業は採算に合わなくなった。就業者数も1965年には25万人以上いたが、現在は約5万人にまで減少し、手つかずの森が増えた。
放置されても、間伐は森を健全に保つために必要だ。成長に応じて木を間引くことで、残った木の成長を促す。林内に差す陽光が広葉樹や下草を育て、落ち葉が腐葉土層を作る。森は地中に雨水をため込む保水力を
持ち、わき水が山村住民の生活用水となる。
しかし、吉野川上流域の同県大豊町では近年、主に夏の渇水期にわき水が枯れるようになった。風呂に入れず、田畑に水をやれない集落も出始めている。住民の話では、大雨が降れば雨水は一気に沢を流れ落ち、被
害は森にとどまらないという。森から洪水や渇水を緩和する「水源涵養(かんよう)機能」が失われつつあるのだ。
手入れの行き届いていない薄暗く、うっそうとした森の前に立った。木が隣同士でもたれ合い、反っている。土佐町の林家、筒井順一郎さん(63)は「切ってくれってゆうとるんや。売れんことはないし、この恵みを忘れた
らいかん」と嘆いた。足元には切り捨てられた間伐材が転がっていた。そこには運び出すコストさえ賄えない現実があった。
◇
「個人林家は頻繁な作業で水源涵養機能などを発揮する本当の森づくりをしている。山主が自ら森林を管理できる時代に戻せたら森は画期的に良くなる」。森林ボランティア「NPO法人土佐の森・救援隊」事務局長の中
嶋健造さん(47)が訴える。救援隊は技術のない山主を林家に育成する支援をしており、その中から新たに林業を始める人も出てきている。
同県いの町の安藤忠広さん(59)。40代から牧場を始めたが、飼料価格の高騰で経営が苦しくなり、父親から譲り受けた山を思い返した。昨春から作業道を造り、救援隊と共に間伐を始めた。森に入って感じるのは「今
やらないと、誰も手をつけられなくなる」との危機感だ。他の山主から約80ヘクタールの整備も依頼されるまでになった。
間伐材は仲間7人と製材し、販売する。今年中に事業を軌道に乗せたいが、「山で食べていけるか正直、まだ分からない。それでも、これだけ豊富にあるのだから、木をもっと有効に使えんやろか」と話す。
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課題は間伐材の使い道だ。同県仁淀川町では木質バイオマス発電の燃料に間伐材の中でも建築材にならない切れ端などを使い、成果を上げている。事業には救援隊がかかわり、個人林家が出した木材を1トン3000
円で換金する仕組みを作った。月20万円の収入を得る人も出てきたという。
また、高知県は09年度、木材搬出への補助や副業型林家の育成などを新たに予算化し、個人林家支援に乗り出す。森林再生だけでなく、「過疎高齢化が進む山村集落でも、収入を得て暮らし続けられるための支援」(
県森林部)と位置づけている。
「目指すは100年の森づくり。もっと太い木を作って孫にプレゼントするきね」。森を見つめた浜口さんが笑った。将来の財産と思い、険しい山々に木を植えた人々がいる。守ってきた人たちの歴史がある。森が後世に
残すことのできる「誇り」であり続けてほしいと願う。