ID : 7987
公開日 : 2008年 6月 6日
タイトル
あさぎり町に大規模製材工場 林業再生の道開けるか
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新聞名
毎日新聞
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元URL.
http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20080606ddlk43040563000c.html
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元urltop:
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写真:
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県内の木材生産の約4割を占める人吉球磨地方で、林業再生に向けた動きが始まった。あさぎり町には、林野庁が進める「新生産システム」の導入による大規模製材工場が完成し、県産材の消費拡大が期待
されている。また、多良木町では、独自製品でブランド化を目指す業者の取り組みがある。木材価格の下落が止まらず、担い手の高齢化も進む中、林業活性化の切り札となるのか、注目されている。【高橋克哉】
◇価格下落、苦境の業界
八代市で原木市場を運営する「球磨川木材」が今年2月、会社を清算した。村中米満・元社長(79)は「原木が集まらず、取引手数料の収入が激減した」と振り返る。最盛期の60~70年代、八代市郡だけで50社以上あ
った搬入業者が、同市坂本町の2社だけに減ったという。
村中さんは、林業衰退の決定的な要因として「阪神・淡路大震災以降のメーカーの注文に業界も行政も対応できず、ばん回できなかった」ことを挙げる。
同震災を契機に成立した住宅品質確保促進法で、建物に対する建築業者が負う責任期間が長くなった。このため、住宅メーカーは強度が高い乾燥材を求めるようになったが「日本の製材業者には乾燥技術がなく、あっ
ても未熟で、要望に沿った商品を安定的に提供できなかったため、メーカーは輸入材を使い始めた」という。
この結果、輸入材との競争が激化し、80年ごろ4万円近かった国産スギの1立方メートルの平均価格は、95年に2万円前後となり、現在は1万2000~1万3000円まで下落している。
◇大手メーカーと連携
あさぎり町深田に5月31日、「協同組合くまもと製材」(中島浩一郎理事長)の工場が落成した。林業再生の切り札として、岡山県真庭市の大手集成材メーカー「銘建工業」(中島浩一郎社長)と、人吉球磨地方の森林組合
、製材業者など計24事業体が設立した九州最大級の製材工場だ。集成材の原料となるラミナと間柱材を生産し、製品はすべて銘建工業が買い取る。来年度までは年間5万立方メートル、10年度以降は10万立方メート
ルの大量の丸太加工を目指す。
林野庁の「新生産システム推進対策事業」による基幹施設で、総工費約24億円。約13億円を国と県の交付金でまかなった。
銘建工業は製品の国産材比率が2割程度。しかし、中島社長は「原油高騰による輸送コストの増加や旺盛な中国需要で輸入材の価格が不安定となる一方、国産材は下落傾向。国産の比率を高めることが可能になった」
と言い、地元製材業界と思惑が一致した。
落成式には県内の業者と取引関係のなかった大手商社系の建材メーカーなども名を連ね“銘建効果”による消費拡大の可能性を印象づけた。
だが、懸念材料がないわけではない。多良木町森林組合(味岡和國組合長)は人吉球磨地方の組合で唯一、参加しなかった。同組合の藤原浩二・国産材加工センター所長は「くまもと製材に参加すると町組合への丸太
納入量が減り、自分で自分の首を絞める恐れがある」と話す。
くまもと製材が計画する年間10万立方メートルの丸太は、現在、人吉球磨地方の民間木材市場に1年間に納入される量に匹敵するという。県は「県内の森林資源量5700万立方メートルのうち、年成長分は136万600
0立方メートルある。資源は十分で、10万立方メートルの確保は可能」と言うが、業界内には「林業従事者の高齢化が進む中、劇的に生産量を増やすのは難しいのでは」という懸念がくすぶっている。
◇ブランド化の動きも
多良木町森林組合の参加見送りには、独自ブランド化を目指すという理由もある。
3日、福岡県久留米市の住宅建設会社「未来工房」(金原巳和子社長)の社員50人が、研修で多良木町を訪れた。同社は、町内の製材業者「合志林工社」(合志洋一社長)の木材を採用している。
製品は、生産過程で出る廃材(通常は産業廃棄物として処分)を燃やす煙でいぶして、乾燥時間の短縮を計る「燻煙(くんえん)乾燥」という技術で作る。合志社長は「町や森林組合ともに、町内の他の製材業者に技術を
広め、将来は『多良木町産燻煙木材』のブランド化を成功させたい」と意気込む。
未来工房によると、合志林工社の燻煙乾燥財は輸入材より2割程度コスト高。それでも「輸入材の値上がりと国産材の下落で価格差は縮まっている。環境意識の高まりもあり注文は増加している」(金原社長)という。建
築基準法改正や景気の先行き不透明感から、全国的には新規住宅着工の減少が続くが、同社は07年の受注が前年比で1割増えた。金原社長は「燻煙技術も年々向上している。拡大傾向はしばらく続くと思う」と話した。
◇課題は山主の利益確保
大量生産の「くまもと製材」も独自ブランド化を目指す「合志林工社」も、国産材価格の下落を「追い風」とみる点で共通する。だが合志社長は「住宅メーカーなどの“川下”だけでなく、山主や伐採業者など“川上”に利益
がいく仕組みを作らないと、どちらの方法もいずれ行き詰まる」と危機感を抱く。
山林所有者がもうかる木材の「適正価格」はいくらだろうか。合志社長は、山林1ヘクタールでスギを40年間育てた場合の収支を次のように試算する。
現在の1立方メートル当たりの原木価格を1万3000円と仮定し、そこから市場での取引手数料8%(1040円)と、伐採・運搬経費(1万円)を差し引くと、山主の手取りは1960円。1ヘクタールで平均300立方メートル
の原木を販売できるので、1ヘクタールあたりの総収入は計58万8000円となる。
一方、植林初年度の経費は、1本90円の苗木を3500本植えたとして、原料費が31万5000円。植林や下刈りなどに延べ45人の作業員が必要で、人件費を1人1日1万2000円として54万円。初年度支出は計85万
5000円で、この時点で収支は27万円弱の赤字となる。2年目以降の下草刈りなどの手入れ費用が40年間でさらに240万円かかり、赤字が膨らむ。
この試算を基にすると原木1平方メートル当たり2万4000円以上の値がつかないと経費をまかなえない計算。実際、多額の赤字分は国や県の補助金で穴埋めしているのが現状だ。
山主でもある合志社長は言う。「業界の努力は限界に達している。安い輸入品との競争がある以上、持続可能な林業の実現には今まで以上に多額の補助金が必要だと思う。それが社会的に許されるのか、議論する時
期がきている」
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■ことば
◇新生産システム推進対策事業
国内の林業独特の複雑な流通経路を統合し、大手住宅メーカーなどが求める安定した価格、品質の木材を大量生産して国産材の消費拡大を目指す林野庁の事業。戦後の拡大造林で植林されたスギやヒノキの多くが「
伐採適齢期」を迎えつつある。同庁は林業活性化と共に、適正間伐の実施という“一石二鳥”を狙っている。