ID : 6854
公開日 : 2008年 3月25日
タイトル
企業が森を変える
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新聞名
先見日記
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元URL.
http://diary.nttdata.co.jp/diary2008/03/20080324.html
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元urltop:
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写真:
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良質のヒノキを生産することで知られる「速水林業」が、トヨタ自動車と手を組んで森林の再生に努めている現場の様子を、先日TVで目にした。この事業はいわゆるCSR(企業の社会的責任)活動をさらに推
し進めたもので、三重県大台町に1630haもの山林を購入したトヨタ自動車は、単なる森林の保全ではなく「持続的な林業事業の場」として、将来的に活用することを目的としているという。
速水林業は、森林を再生するためのコンサルタント業務に特化した「(株)森林再生システム」の事務所を東京に置いており、トヨタ自動車が買い上げた山林の調査から育成・維持までのすべてを、全面的に委託されて
いる。現在はどの程度まで山林に荒廃が進んでいるかを調査している段階で、これから間伐の計画事業を開始することになる。成長の悪い木を間引き、陽射しが森にあたるように全域にレイアウトを施し、安定して黒
字を出すようになるのは約50年後だ。
僕もまえに、三重県尾鷲地方に速水林業を訪ねたことがある。1070haに及ぶ山林には人工林とは思えないほどにヒノキが豊かに育ち、25%の広葉樹を配したその森の明るさは、まるで天然林のようだった。全国的に
山林の荒廃が始まった頃から、林道をつけて徹底した機械化と合理化を進めたのが同社の特徴で、成長のよい木を頑ななまでに伐らずに残した環境配慮型の経営を守った結果が、その森林には現れていた。
今回のトヨタ自動車の活動は、そのノウハウを豊富な資金力によってすべて導入し、林業の場を復活させることにある。これから始まる間伐や下草刈りの作業は、地元の大台町の人たちに任されることになるという。企
業が荒れた山林を丸ごと買い取り、優良な林業業者がその再生と管理にあたることで、新たな雇用が過疎地に生み出されるこの一連の活動は、おそらくこれまでに前例がないと言っていいだろう。優れた経営戦略と理念
を持つ業者に資本を効果的に投下すれば、日本の荒れた森でも確実に再生できるという可能性を、この事業は将来に向けて示してくれるはずだ。
この例に限らず、企業の環境活動への取り組みはここ10年ほどで急変している。株主たちに向けたCSR活動の報告も年を追うごとに本格的なものとなり、エコロジー活動に関与していることをアピールさえしていれば
よかったイメージ戦略だけでは、周囲に置いていかれる状況を迎えつつあるようだ。どの企業が活動に本腰を入れているのか、それを見極める消費者の目も急速に養われてきている。中途半端な取り組みでは、却って
企業のイメージを落としかねないほどの「環境活動への生存競争」が、後戻り不可能なところまで進んできた。
他の例では、サントリーが取り組んでいる水源涵養活動などがある。同社は2003年から「天然水の森」と名づけた森林を各採水工場の付近に確保し、営林署や大学教授などの専門家と協同して森林の育成・維持に本格
的にあたり始めた。たとえば「天然水の森・阿蘇」は102haのやや荒廃した国有林で、ここを60年かけて再生していく予定だ。
新しく竣工した「天然水・奥大山ブナの森工場」は総面積147haに及ぶふたつの山林を確保し、第一期は30年の計画で植林や間伐を進めていく。これらの規模は「水を採ってそれを都会で売っている」ことへのイクスキ
ューズをとうに超えており、企業が環境活動に対してどこまで真剣に取り組めるのか、その意義の追求と挑戦は既に動き出している。
同社から「天然水の森・奥大山」の再生計画を全面的に任されている、鳥取大学の日置佳之教授(森林科学)に、僕は話を聞いた。
「役所を相手取るのとは違って、民間の企業と連動するのは話が早くてやりがいがある」と、研究室で彼は言った。
「森での研究成果を測ることは学術的にも大きな前進ですし、社会にも還元が可能です。そして利益の一部をさらに環境へ還元することで、本当の意味での環境企業としてより高度化されていく。このようなサイクルは、
いままではなかったと思います」
いまはまだ一部の企業に限られるものの、環境活動に対する取り組みの高度化は、近い将来に優秀な人材を確保する手段としても有効かもしれない。高度化が進むほど組織内では労働意欲が高まるはずだし、環境活
動を通して活性化されている職場や企業を、学生の側も好ましく感じて優先的に選択することになる可能性が高いからだ。
途中でやめるわけにはいかない森林再生の事業が、企業の手によって日本の各地で少しずつ始まっている。個人経営ではもはや手をつけられない私有林や、構造的な赤字で再生事業が前に進まない国有林が、わず
かではあるけれど元の豊かな森林へ戻ってゆく。それこそ10年以上まえには想像しづらかったことが、いま現実のこととして動き出した。