ID : 12344
公開日 : 2009年 7月 1日
タイトル
今週の本棚:湯川豊・評 『神去なあなあ日常』=
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新聞名
毎日新聞
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元URL.
http://mainichi.jp/enta/book/news/20090628ddm015070018000c.html
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元urltop:
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写真:
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◇『神去(かむさり)なあなあ日常』
(徳間書店・1575円)
◇現代っ子と神が交差する圧倒的な「山」の魅力
林業を描いたエンタテインメント小説である。それも林業を背景にして物語が展開するというのではない。林業そのものが小説のテーマなのが、めずらしい。そしてめずらしいだけでなく、一気呵成(いっきかせい)に読
んでしまうほど面白い。著者の抜群の語りのうまさが第一の理由だろう。
語り手の「俺」は平野勇気という高校を出たての若者(多分に少年ぽい)。横浜育ちなのに母親と担任教師の陰謀によって、知らぬ間に「緑の雇用制度」に応募させられていて、三重県の神去村(架空の地名)なる大山奥
に追いやられる。つまり林業に就職させられたわけだ。
勇気には間の抜けたとろさと素直さがある。平凡な現代っ子といってもいい。林業なんてカッコ悪い、ヒエー殺されると悲鳴をあげながら、山仕事を覚え、山になじんでいく。
勇気に林業を叩(たた)き込むのは、神去村に奇蹟(きせき)みたいにいる三十前の若者、ヨキ(斧(おの)という意味)。短髪を金色に染めた変わり者だが、自他ともに認める「林業の天才」で、山仕事をさせれば村いちば
ん。恋女房との猛烈な夫婦喧嘩(げんか)が絶えないヨキの家に勇気は下宿し、林業にがんじがらめになる。
もう一人、「おやかたさん」と呼ばれる、中村清一がいる。三十半ばながら、大山林主の家の当主。林業会社を経営し、自他の山林の管理に当っている。ヨキも勇気も清一の林業会社の社員だから、その仕事ぶりから現
在の林業および山林の姿が見えてくる。「おやかたさん」清一の妻の妹、直紀(なおき)という小学校の教師に勇気が惚(ほ)れるという恋模様もあるけれど、そして直紀というそっけない女性はなかなか魅力的だけれど、
それはやはり賑(にぎ)やかしで、物語の主眼は山仕事の中身と、恐ろしいまでの山の魅力を語るところにある。
新米の勇気が昇柱器を使ってまっすぐな杉にヨタヨタと昇り、下ろしてくれー、と叫びながらチェーンソーで枝打ちする。作業のようすが手にとるようにわかるから、読む方も勇気と一緒にだんだん林業って面白そうと思
うことになる。
夏の、いつ終わるとも知れない広大な領域の下刈り。汗にまみれながら労働に打ち込み、昼飯に巨大なおにぎりを頬(ほお)ばる。そんななかで、勇気は横浜の町のこと、家族のことをだんだん忘れていくのが、いかに
も自然。
山仕事と並んで魅力的な記述は、山の不思議を語る部分だ。
清一の息子、五歳になる山太(さんた)がある日行方不明になる。村民一同合議して神隠しにあったのだと結論し、身を清めて神去山の入り口に行き、山の神に願って山太を返してもらう。神隠しの伝承どおり、山太は
帰宅後三日ほど熱にうなされるがケロリと回復。現代的な話の運びのなかに神隠しのエピソードが入ってもちっとも違和感がない。語りのみごとさである。
山太がこのとき見た山の神の二人の娘が宙を飛ぶ姿を、勇気も目にする。四十八年に一度のオオヤマヅミさんの大祭を描くクライマックスでだ。神去山の千年杉をヨキが伐倒し、村の男総出でそれを山からすべらせて
下ろす。すべる千年杉から落ちそうになった勇気は、赤と白の着物をきた二人の娘に助けられ、命びろいをする。迫力にみちた、美しいシーンだ。
林業という忘れ去られた「斜陽産業」を題材にしてこれだけ面白い小説ができる。小説は捨てたものではないと思わせる三浦しをんの力量恐るべし。
なお、「なあなあ」というのは土地の方言で、「ゆっくり行こう」という意味の呼びかけ言葉。山仕事は百年単位という、住民の気分をよく示している。
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